システムの実験か――チャイナ・コードの地経学的生態学
河本英夫(文学部)
要旨:中国は独特のシステムを作り上げている。中国は政治的には共産党の一党独裁であり、経済的には国家資本主義であり、世界でももっとも貧富の差が大きい全体主義国家である。ここには独特のシステム的な特質が見られる。そのシステムの特質を分析した。
一つには、中国式プラットホームである。チャイナ・システムでは、点と線から成るプラットホームではなく、むしろ面を制御するゾーンプラットホームが作られている。また情報も資金の流れも、つねに非対称性を生むように設定される。この点が世界中で問題を起こし続けるシステムになっている理由である。たとえば尖閣諸島は日本の領土であるという日本の主張は、日本からの「提案」であり、中国側の主張は、中国本来の「大義」なのである。そうした非対称性をあらゆる場面で作り出すことが、このシステムの特徴である。そのひとつが、巻き込み型のソフト全体主義であり、そこでは外的には「Win-win」の関係だが、内的には全体性制御というある種の覇権が出現する。内的と外的の作為的な乖離を含んだ仕組みが、このシステムの特徴である。
キーワード:チャイナ・システム、ゾーン・プラットホーム、非対称性、ソフト全体主義
チャイナ・システムは、特異な性質を備えている。見かけ上、このシステムは急激な発展を遂げているように見えながら、まさにそのことによって新たなリスクを生み出し続けるシステムである。それは中国が膨張し続け、「覇権」を狙っていることによるのではない。習近平は、おまじないのように「中国の新しい社会主義」の実現を唄い、「人類運命共同体」を、言葉で主張する。だが世界がその方向に向かえば、おそらくそれに応じてリスクが高まる。そのことは多くの人が、直接感じ取ることができる。中国主導の人類運命共同体などに加えられたらたまらない。正直にそう思う。どうしてそんなことになるのか。おそらくチャイナ・システムに内在的な仕組みがあるに違いない。見かけ上、アメリカは中国に国家機関を挙げて、対応しようとしている。貿易不均衡を取り上げ、中国が言葉だけで実質的な対応をとらないために、トランプは中国製品に関税を課すという経済報復を行い、中国も対抗関税を行った。この貿易紛争は、2018年10月に開始され、関税と報復関税は現在も続いている。ファーウェイをはじめとする半導体製品の締め出しをアメリカが開始したのが、2019年であり、ファーウェイ製品のアメリカからの締め出しを行っている。これは半導体紛争である。一製品だけの問題ではない。情報ネットワークを使って、中国人民解放軍は、常軌を逸したことを実行している。人民解放軍は、中国の国家組織の一機関ではなく、中国共産党の機関である。ちなみにイランの革命防衛隊は、イラン国軍ではなく、最高指導者ハメネイの私的な軍隊であり、精鋭部隊だと言われる。これがシリアの内戦に関与し、イスラエルの水道制御の電子システムに介入し、一時イスラエルの水道が停止した。2020年4月にイスラエルの重要インフラで生活に欠かせない水道システムに、大規模な組織的なサイバー攻撃が行われた。それに対して、イスラエルの政府機関のナショナル・サイバー総局で局長を務めるイーガル・ウンナは、イランからの攻撃であることを念頭において「2020年の4月と5月は近代のサイバー戦争においてターニングポイントになるだろう」と述べた。また米軍の偵察機がパキスタン上空を偵察していた時、突然制御が効かなくなり、イランの空港に誘導着陸をさせられたことがあった。イラン革命防衛隊は、行動の責任を国家に対してではなく、ハメネイに対して負っている。人民解放軍も同じように、行動の責任を党総書記に負う。仕組みからすれば、人民解放軍は習近平の私的な軍隊なのである。この私的軍隊の最強の武器の一つが、情報ネットワークである。ハッカーに大量のノイズを中枢制御機構に送り込まれ、ホンダの生産ラインが数日停止したことがあった。現在のハッカーは、相手の情報を盗み取るだけではなく、プログラムを書き代え、ノイズを送り込み、相手の情報ネットワークを破壊する「破壊活動」を行っている。少なくても破壊活動が可能な水準になっている。たとえば日本の新幹線の制御系にノイズが送り込まれれば、大混乱が生じる。原発の自動制御装置についても同じことが言える。情報戦は、そこまで来ている。ここで起きうることは、窃盗罪ではなく、傷害罪であり、場合によっては殺人罪である。しかも無差別だから、間違いなく「情報テロ」である。衛星による位置情報システムは、もともとミサイル防衛やミサイル攻撃を基本にして作られている。イラン革命防衛隊の幹部ソレイマニ将軍は、アメリカ軍の無人のドローン攻撃で殺害された。ソレイマニ将軍は、自国では「英雄」であり、トランプ政権からは「テロリスト」と呼ばれていた。ファーウェイをはじめとする情報ネットワークには、中国共産党への情報提供義務がある。党の規約でそう定められている。そしてそれが「人類運命共同体」に有効に活用できるとは、誰にも思えないのである。アメリカは、さらに第三の局面に突入している。2020年6月頃から始まった第三の局面は、さらに新たな局面を突いている。これによって、二つの覇権国が覇権を競い、自由民主主義の国家と、全体主義的なイデオロギー国家との対立だと、鮮明な対比が広く行われた。だがおそらくこんなところに問題はない。中国以外にも、中央集権的で独裁国家でありながら、順調に経済システムを拡大している国はある。シンガポールもベトナムもそうである。中国も、「全体主義的資本主義」として典型的で急速な発展を遂げてきた。そして見かけ上、新たなタイプの「国家主義的資本主義」が成立するのではないかと感じさせる時期もあった。だがおそらく習近平が党総書記である限り、そうはならない。一般に自由民主主義か全体主義かという対比が持ち出されるときには、まだアメリカは中国共産党を理解できていないのではないかと考えるのが普通である。立場や観点ではなく、中国共産党という作動するシステムの特質が問題になる。そこに届かないのであれば、実際には細かな対応をとることができない。だが、今回ばかりは事情が異なる。こういうアメリカによる立場の違いの表明が登場したときには、「もう交渉はしない」、「もう相手の言い分は聞かない」、「なにがあっても容赦はしない」という決断の態度表明だと考えたほうがよい。中共との交渉の余地はないことの立場の表明が、見かけ上のイデオロギー間の対置である。中共に対してもはや接点がないと言っているのである。中共がなにを言おうが、一切意に介しないことの表明である。すでに言葉で言えばなにかが通じるという局面の一歩先に進んでいる。言葉の上では、アメリカの国益の防御(安全保障)という面が前面にでるが、実際のところは、この中国共産党のシステムは持続性も汎用性もなく、それを野放しにすれば、あまりにも多くの代償を負わざるをえないというほぼ確かな予想がある。生命システムで近いものを探せば、大鹿の角のように、大きくなりすぎて、自分の動きが制御できなくなるような「過形成」のシステム段階に中国共産党は入り込んでおり、自分ではもはや止めることはできない局面である。一般に経済がある水準以上になれば、国民には個々人の欲求に応じて、多様な選択肢が用意されなければならない。だがそれを推し進めれば、中国は連邦制に近くなるほどの国家内の多様性を生み出す方向に向かうにちがいない。そして中国当局はそれを許容できはしない。しかも東シナ海沿岸地区と同じモードと速度で、中国全土が発展して行けるわけではない。モデルケースを作り、それを普及していくというやり方は、それぞれの地方の実情を無視してしまう。ここに構造的なリスクと膨大な無駄が出現する。中国の地方政府は、巨大なマンション群を作り、ほとんど車も通らない立派な道路を作っている。地方の実情にほとんど効果的な対応をするつもりはないかのようなインフラ投資を行い、各地方のGDPの数字だけを確保している。そして巨大な財政赤字を抱え込んでいる。理由も仕組みも簡単なところにある。地方政府は中央政府の補助金が出そうな企画を出し、補助金が出る企画だけを並べるのである。そしてその企画に賛意と助力をあたえてくれた中央や地方の党幹部のところにかなりの金額がキックバックされる。こうして世界でも稀に見る「格差社会」が出来上がっている。このとき共産党とは、ビジネスチャンス提供既得権益マシンである。中共幹部とその一族が、香港やシンガポールで不動産を「爆買い」していることは広く知られていることである。他方、2020年5月25日、全人代終幕後、首相の李克強が記者会見で述べたところによれば、中国国民の平均年収は約45万円であり、そのうち6億人は18万円(月収15000円)以下だと述べた。記者会見であるから概算数値にならざるを得ない点を割り引いても、中国の実情をよく現わしている。GDP世界第二位の中国であっても、一人当たりのGDPに換算すれば、世界70位以下である。この数字では、実は失業率を精確に計算することもできない。農業生産は、灌漑、肥料開発、新種開発等の膨大で広範な試行錯誤の積み重ねでしか、経済成長できない。中国国民の平均的な貧困脱却のためには、農業生産の近代化を図る手立てが必要である。農業には気候条件や土壌条件も関与するために、農業は実は難しい事業の一つで、判断を誤ればただちに破産する。半導体産業のように目標を掲げて実行すれば何とかなるようなものではない。「中国製造2025年」というスローガンに、農業生産を含めれば、難事業であることはただちにわかる。計画経済のように設定された方針と中国人民の現実性の間にはなはだしい乖離があり、ここにも構造的なリスクと膨大な無駄がある。李克服の主張は、基本的には中小零細企業のテコ入れであり、民営化の方向での市場経済の拡大である。これに対して習近平は、各企業内部に共産党委員会を設置し、各企業を党の方針に従わせようとするものである。これは「私公合同2.0版」という指針にもなっている。共産党中央で各企画に関与し、キックバックを受けて巨額の財産を築いたものは、なんらかのかたちで資金を海外銀行に移さなければいけない。売買支払いをともなわない資金移動であるから、かたちのうえでは「マネーロンダリング」に似てくる。それを実行してくれるものたちがいる。世界各地で成功した華人ネットワークであり、そうした人物の多くは実業家の仮面の下は、実質的にマフィアである。共産党幹部の多くは、スイスのいくつかの銀行に秘匿された口座をもっていると言われている。開設口座総数が5000口座にもなると言われている。クレスディをはじめとするスイスの銀行が、口座情報を開示することはないと思われるが、犯罪に加担した人物の口座を凍結することはある。中国共産党は、おそらく地域ごとの固有の発展を許容することはできない。中国共産党は、それじたいで維持されるべき核心であり、それは習近平がそれじたいで維持されるべき核心だということ同じである。核心の実行することを機械的に模倣することが、地方の仕事である。経済水準が一定になったとき、核心が維持され、共産党が有効で実効的な意義をもつためには、恒常的にあらたな装いでメイクアップしなければならない。つまりシステムは選択肢を増やしながら自己展開できなければならない。そしてここで選択を誤れば、中国共産党は核心を維持できなくなる。習近平がもっとも恐れているのは、ソビエト共産党がまたたくまに解体したように、中国共産党もあっけなく崩壊してしまうのではないかという事態である。不思議に思うことがある。どうして中国共産党は、いつも過度に見え透いたことを実行するのか。一早くコロナウイルスの抑え込みに成功したと宣言し、マスクや医療品をコロナ対策に苦しめられている国々に送りつける。そのなかのかなりの部分は、不良品だと認定され廃棄され、それによってなくてもよい騒ぎが引き起こされる。ヨーロッパのある国に対しては、マスクを提供するので、「ファーウェイ製品」を使ってほしいと持ち掛ける。そして呆れられて、また騒ぎになる。騒動を起こすことが伴わなければ、何かをやったということにならないのかと感じられるほどである。人道援助には、それに輪をかけた見え透いた政治的取引が付き纏っている。騒ぎが恒常的に起きる時には、その主体に調整能力が足りていないことを意味する。あるいは一つの行為で同時に余分なことをやっていることを意味する。そして調整能力が及ばなくなるほどの仕組みが、中国にあると考えざるをえない。取引によって交換にならないものを交換しようとする。相手にとっても利益だと言いながら、相手を破産させ自分だけ利益を確保しようとする。相手がなにか牽制や非難に近い言説を持ち出せば、それに対して仰々しい言葉だけの見え透いた反論をする。そうした数々の不可思議さを感じさせるシステムを、「チャイナ・システム」と呼んでおく。はたして、これは持続可能なシステムなのか。コロナウイルス拡散をきっかけとして、日本の多くの産業は傷んでしまった。だが日本だけではない。ヨーロッパ以外にもアジアの国々もアフリカ諸国も病んでしまった。ということは習近平の提唱する「一帯一路」そのものも病んだのである。こうした局面で、チャイナ・システムはくっきりと姿を現す。というのももともとシステムそのものが偽装と粉飾を含んでいたのであり、それが剥げ落ちるとチャイナ・システムの本体は、かなり脆弱であることがはっきりしてくる。もう一つ稀に見る歴史的な事例に、今回世界中が直面することになる。人、物、金の移動がグローバル化した時代に、アメリカは中国に対して「デカップリング」を作り出そうとしている。カップリングは、複数のシステムがそれぞれ固有にシステムの作動を行いながら、相互に連動関係を形成している作動のモードである。精確に言えば、それぞれのシステムが、「他のシステムに決定関係のない媒介変数を相互に提供しあっている連動関係」である。そのためカップリングには多くのモードと強さの度合いがあり、たとえば生命体で言えば、遺伝子系とタンパク質系は、役割分担し相互補完のように連動するカップリングである。遺伝系をもたなくても成立している生命体はたくさんある。身体を大きくして一定以上に大きくなれば、物理的に身体を分割して増殖する生命体である。一般には原核細胞システムだと呼ばれるが、このシステムは遺伝子系の物質を飲み込んだときには、エサとして食べてしまう。日本の中央政府と地方自治体の関係も、カップリングである。その意味でカップリングは、中央制御系と部分系の関係に見えるものを、部分-全体関係で捉えるのではなく、連動関係として「固有の位相関係」として捉えるのである。この連動関係により多様性をもたせようとして企画されているのが、「道州制」である。これは連邦制をとっている国では、むしろ自明なことである。アメリカの主要な産業のうち、クアルコムやマイクロソフトやアップルは、中国においても莫大な収益を上げている。また中国国内の製造においても、これらを欠くことはできない。ウィンドウズの仕組みがなければ、多くの場合情報機器の画面を成立させることができない。日本の素材関連の技術も同じように情報機器には欠くことができない。サプライチェーンは、すでに密接に連動してしまっている。この状態でアメリカは、中国との間で「デカップリング」を引き起こそうとしている。ここに特異なシステム制御の仕組みが持ち込まれている。もっとも簡単なかたちにすれば、中国(中華人民共和国)と中国共産党を分離して、中国共産党との連動を断ち切るのである。一般的に考えれば、そんなことができるのかと思われる。だがアメリカは自国の利益の一部を棄損しても、これを断行するように思われる。それはそもそも中国を「再定義」することなのである。
1 ゾーン・プラットホーム
プラットホームは、多くの人が参入でき、そこにそれまでには見られなかった「活動の場」を開いていくやり方である。参加者は可能な限り自由に参加でき、自由に退出できる。多くの道路が近接し横切る「巨大な交差点」のようなもので、通過していくだけのものもあれば、しばしそこでとどまり情報交換したり、企画を提示し合ったりすることができる。点と線の複合的で多岐に渡る重なりがプラットホームである。その意味で、プラットホームは、活動の交差点であって、空間的な場所のことではない。たとえば九州地方のすべての県の知事が会合をもち、協議すべきことが生じた場合、県境を越え、博多に集まるような発想になる。これは空間的な場所の設定を行うようなものである。実際九州各県知事会を短時間で移動でき、かつ比較的選択肢があるような仕方で開催しようとすれば、羽田空港近くのホテルで行うことがもっとも合理的である。各県には羽田と結ぶ路線はある。そしてたとえ半日近くかかる会議を終えたのちにも、日帰りでその日の業務を終えることができる。この会議の仕方は、点と線のネットワークを活用するものであり、プラットホームの空間的位置を、自由度をもって設定することができる。羽田でなくても伊丹空港でも良い。いま九州新幹線以外の各県から福岡までつながる高速鉄道を敷設したとする。県知事が集まるには、これでも十分である。だがこうした新たな高速鉄道は、どの程度利用頻度があるのだろう。ほとんど使われないままになる可能性が高い。一日の運行本数が2,3本であれば、まったく採算は取れない。プラットホームを作るさいに、地域全体を覆うようなゾーン型のプラットホームは、どこか19世紀的である。それが面を覆うことである。これが中国式のプラットホームである。たとえばサッカーの試合で、相手の攻撃のさいには、すべての選手が自陣に戻って防御を行い、ひとたび自チームのボールになると、全員が相手陣まで攻め上る。ゾーン全体を移動させながらフル・ディフェンスとフル・オフェンスを行うのである。かりにこんなことが実行できれば、見かけ上圧倒的な迫力であるが、おそらく長時間は続かない。というのもこうした戦術は、軍に見られるものであり、比較的短期間に決着の付くゲームでしか通用しないからである。見かけ上の勢いに比べて、この戦術には「持続可能性」が欠けている。基礎的な体力を削がれれば、このやりかたはもたなくなる。アメリカによる関税上乗せをつうじて、中国はかなり経済的体力がそがれている。ゾーン・プラットホームにそもそも無理があるのである。実際にゾーン・プラットホームは、大量の無駄が出る仕組みであり、それを承知で実行しているシステムである。武漢で新ウイルスが拡散したとき、中国は武漢市そのものを封鎖した。ウイルスの拡散経路を絶つのではなく、都市そのものを封鎖したのである。すべての高速道路にブロック塀を積み上げて、道路を封鎖し、列車をすべて止めてしまった。ここにも中国の特徴が良く出ており、都市封鎖というとき、このウイルスは空気感染するのではないのだから、一般には人の接触を制限すればよい。人と人との接触、人と人との間の飛沫感染が感染の基本モードであって、それにもかかわらず、中国は本当に都市ごと封鎖してしまった。ウイルスの感染経路を断ち切るというより、ゾーン封鎖を行ったのである。これも19世紀的である。しかも2020年1月下旬に武漢の都市封鎖を行い、都市内の移動を禁止しておきながら、武漢からの海外渡航はそのまましばらく維持されていた。春節であるから別の事情だと考えることもできるが、この内向きの対応と外向きの非対応のダブルスタンダードが、後に世界を巻き込む「世紀の大感染病」を引き起こすことになった。ゾーンを制圧する一方で、ゾーン以外にはほとんど規制がかからない。こうして自分たちはよくやっていると言い、それ以外のことは自分たちの責任ではないと主張する仕組みが出来上がる。ゾーンは、制御権限を兼ねており、それ以外は野放しになる。ここにも構造的なリスクと無駄の出現の仕組みがある。こうしたゾーン封鎖のようなウイルスへの対応は、おそらく中国しか実行できない。また中国以外ではやろうとはしない。局所的にウイルス感染の危機から一早く免れた中国は、マスクや防御服を増産し、ウイルス感染にあえいでいる世界の各都市に売り込みをはじめた。ここにも鳴り物入りの命名が持ち出された。曰く、「健康シルクロード」である。この命名は「ウイルスシルクロード」と重なっているのだから、見え透いた言葉である。ブラジルのサンパウロ市がウイルス感染拡大抑制に苦しんでいるとき、中国が援助しようと申し出たが、サンパウロ市長は断っている。極端な指令系統が成立していなければ、ゾーンの都市封鎖は実行できることではない。面を制圧するというゾーン・ブロックの仕組みが、あまりにも大外を回りすぎているのである。この華々しい大立ち回りを、WHOのテドルフが絶賛することになった。それに対して、もっとも小さな制御しか行わなかったのが日本である。強制的な制御はほとんど行っていない。だがそれでもアメリカやブラジルのようにはならない。横浜に停泊していたダイヤモンド・プリンセス号での感染対策から、まるでそれがその後起きることの予行演習であったかのように多くのことを学んでいた。感染者は、全員が周囲の人にうつすのではなく、ごく特定の人のみが他人にうつす感染者になることも判明しており、また無症状感染者が多くいることも判明していた。爆発的な感染を引き起こさないためには、クラスターを見つけてそれをつぶしていけばよい。対策委員会内の委員の一人であり、かつてWHO所属の研究医としてSARS対策に当たった押谷仁が見出したこの手法に沿って、爆発的な感染を防いだのである。これはあるゾーン内で、爆発的に広がりそうな兆しや芽を見出して、全体の局面を変えることがないように、次々と潰していくやり方である。このウイルスを緩やかにゾーンのなかに入れていき、極端な変化を避けるのである。中国のようなゾーン全体をつぶすことをしなくても、やり方はいくつもある。そしてそうした事実をかりに知ったとしても、中国は自分のやり方を変えたりはしない。新型コロナウイルスの本性にかかわる厄介な事実は、夥しい数の無症状感染者がいることである。一切の対応を難しくしているのは、この点である。無症状のものは、医学的には患者でも病人でもない。だが場合によっては他の多くの人に感染させる。しかも核酸検査では、一定割合で誤判定が出る。中国は、無症状感染者を感染者の数値のなかに入れないと言われており、そうなればどのようにゾーンを塞いでも、次の機会には別の場所で感染者が出現してしまう。因みに日本でのウイルス制御のシステムは、はっきりしている。そしてそのなかには明示的に語られない事柄が含まれている。このウイルスを根絶させることはできない。それは世界中のほぼすべての医療関係者が認めると思われる、共通の認識である。そのとき重症者、死者をできるだけ抑え、軽症者をできるだけ早く社会復帰させる。このことの裏側にあるのは、緩やかに「免疫」を獲得したものを増やしていくことである。「皆様、早く感染して、早く免疫を獲得しましょう」などということは、どの政治家でも言えることではない。それに近いことを行ったスゥエーデンでは、結構な死者を出した。それでも一早く経済を回復させている。だが日本ではそれを避けたいのである。日本で明示的に語ることができるのは、感染拡大を抑えながら、経済活動の維持と両立させることである。そのためのガイドラインを作っており、毎日たとえ千人以上の新規感染者が出ても、それじたいは社会活動の過渡期には出現してしまうことである。多くの国民が日本のこの方式に歯がゆさを感じていると思われる。だがウイルスを緩やかに社会のなかに入れてしまうという基本方針のもとでは、極端な感染爆発を抑えることがキーポイントであり、それが実行されているのである。他方、中国式の「面の制御」はいつも極端なかたちとなる。面を抑えるためには、内部に膨大な無駄を含みながら、必要を超えた実質的な強制力を使わなければならない。中国の行うことにはつねに膨大な無駄が含まれ、実はコストパフォーマンスがとても悪い。「香港国家安全維持法」を成立させて以降、香港全土に核酸検査を行うと中国当局は呼びかけている。おそらく核酸検査によってウイルスの拡散予防を行うとともに、個々人の遺伝子データを収集・保存すると思われる。こうした二重に進行する作業が、面の制御の裏側で実行されることである。ゾーン・プラットホームの習近平的な表現が、「一帯一路」である。その経済的仕組みが、「アジアインフラ投資銀行」(AIIB)である。製鉄をはじめとする中国国内の余剰生産物を外部展開することで、他国で活用される製品にしていく手続きを取り、それによって中国は自分のゾーンを拡大し続けるという仕組みを作り上げた。しかもそのやり方は、「ソフト植民地主義」と呼べるようなものである。AIIBは、アメリカ、日本、イギリス、ヨーロッパ主要国は参加していないのだから、かりに債権を発行して資金を集める場合でも、信用度が低いので、最初から利率が高くなってしまう。その利子は、アジア、アフリカ途上国に付け回されることになる。このソフト植民地の経営は、行政的な統治権は主張しないが、経済活動の実質を、面として制御してしまうのである。つまり中国がやってくれなければ何も動かないゾーンを作り上げてしまう。この仕組みは、あらゆる場面で活用されているようにみえる。中国からすれば、「世界地図」を書き換える試みであり、国境線ではなく、実効支配線で中国の範囲を拡大していく戦略である。北海道の釧路西港では、中国系の企業の依頼を受けた神戸の商社が水産工場を作り、北海道の材木を買い集めて集積場を作り、個々の地域での拠点となる産業ゾーンを作り上げようとしている。小規模なものだが、需要はなくても、拠点さえ作ることができれば「成功」というやり方である。ゾーンを制覇するという仕組みは、面の実効支配なのだから、あらゆる場面で活用できる。港湾や道路のようなインフラの基本的ラインを抑え込むのである。しかし釧路西港では、年間の取扱量も限られており、そこに資金をつぎ込んでも、資金を回収できるほどの経済的な効果があがらない。一時的に資金は投入されるので、当初は歓迎される。だが多くの場合「展開可能な資金」の導入ではない。こうした仕組みが、国家レベルで行われてしまうのが、アフリカの多くの最貧国である。多くの国が、資金回収の見込みのない中国の投資を受け入れ、借金漬けになってしまった。やり方には典型的な仕組みがある。ケニアの例で見る。まず報道機関を設立し、ありあまるほどの宣伝を行う。そして友好ムードを作り上げるのである。中国は資金と人材の投入を行い、行政府に食い込んで、政府官僚に中国共産党が言いたいと思っていることを言わせる。実際に国家新聞局長兼ケニア通信社社長のジョージ・アウビは、西側メディアはアンフェアで、中国こそアフリカの進歩と発展を理解してくれるものだと称賛している。メディアの中枢を抑えてイメージとムード作りを行うのである。そしてアフリカに対して、西側諸国が作り上げてきた無責任な煽動的報道に比べて、中国こそが自分たちの理解者であるという偽装を作り上げ、実際にそう公的に発言させる。ケニアは、こうした中国の宣伝活動、すなわち大街宣がもっとも成功した国だと言われている。事実ケニアの中国評価として、公になっている文面をみれば、中国労働者の高額報酬や、多様な宗教信仰、世界最先端の技術の修得のように、中国を絶賛している。よほど情報操作が上手くいくのでなければ、こんな評価が出てくるはずがない。楽々とデマに乗せられているというのが実情である。そしてそうしたことが起きるほどの中国の街宣活動がある。ケニアは北でエチオピアに接し、西でウガンダ、南にタンザニアと接している。アフリカ中央に位置し、インド洋に開かれている。そこの中心的な港が、モンバサ港である。そこから内陸に向けての鉄道建設を「中国交通建設」が企画し、正式に契約を結んで、建設作業が進められた。事業主体は、ケニア鉄道であり、中国側は「中国路橋会社」による契約締結である。だが実際の作業は、必要な資金の90%を中国側が用意し、建設要員も中国からやってくるという内容である。ケニアの地で、中国企業が中国のスタッフで事業を行うようになっている。ところがケニア鉄道からすれば、経費の約4000億円は中国からの借り入れとなる。その借り入れの担保が、モンバサ港の独占使用権の設定である。かりにこれだけの資金があれば、地元に多くの雇用を生み、多くの小さなビジネスを発生させることができるはずである。だが中国の「路橋会社」が行う事業であるため、ほとんど地元の雇用を生み出すことはない。中国のインフラ投資は、ほとんどの場合、生活インフラ(上下水道、電気その他)投資ではないのだから、直接生活環境の改善に結びついてこない。そして資材であるレールやセメントを中国から運んでくるのだから、お金を貸して、貸したお金で中国からの物品を買ってもらうのである。実はここにはさらに特殊な仕組みが入り込んでいる。中国から労働者を連れていき、中国から資材を運んでいくさいに、この部分の支払いは元決済できる。中国の会社が中国の労働者に元で支払うのである。中国人労働者のためのチャイナ・タウンを作り、日常生活は元で賄うことができる。ところがケニアとの契約は、ドル建てである。借金はドル建てなのである。ほとんど貯蓄のないサラリーマンやOLにローンを組み、そのローンで自社のブランド商品を買ってもらう。その後ローンを返済できなくなる。こうしたサラ金ローンの貸し付けを、国家ぐるみで行うのである。これが「一帯一路」の正体の一部である。中国から見れば、ケニア国内で、中国企業が中国のための事業をおこなっていることになる。言葉だけは、ケニアのインフラ整備に貢献しているのだから、この事業は「Win-Win」であると説明することはできる。そしてケニア国内には、債務だけが残ることになる。これが典型的な「債務トラップ」である。このとき必要経費の多くは元で支払いができ、相手からの返済はドルでおこなってもらう。かりに担保の港湾をもらい受けるとき、中国がドル建てで貸して、それの対価として港湾の使用権を受け取るというのではない。それだと港湾の使用権をドルで買っていることになるので、中国のドルは減っていく。それに代えて、ほとんどの支払いは元で行い、ツケはドルで払ってもらうのである。かりに港湾の使用権が手に入れば、それの対価は中国製の製品であり、元で支払われた中国人労働者の労力である。元の信用度で元決済ができる経済圏を広げて行っているのではない。固定資産投資のかたちで元支払いのできるゾーンを広げていることになる。モンバサ港から首都のナイロビまでの鉄道建設は、2014年に着工され2017年に開通した。この鉄道を通したことをつうじて、物流と人の移動が増え、経済効果が格段に上がるのであれば、設定された債務も徐々に返済されるかたちになる。ところが経済の需要に見合って鉄道建設がなされたのではなく、中国のインフラ投資を受け入れただけであれば、ろくに利用されない立派な鉄道と駅舎と、巨額の債務だけが残ることになる。貨物列車を走らせて物流を行うのは、「アフリカ・スター鉄道」であり、これも中国の企業である。鉄道を敷き、面を抑えて経済的な実効性を中国が制御しようとしたのである。しかも2017年7月、ケニア西部で総工費1200万ドル(約14億円)をかけて中国企業が建設していたシギリ橋が、完成を目前にして崩落した。さらに首都のナイロビから内陸向けにウガンダ国境のマラバまでの第二期工事契約が結ばれて、途中駅であるナイバシャまで施設工事が進んだ。ところがケニア法曹協会を中心とした訴訟団が、この契約そのものは違法であるという訴えをケニア国内で起こした。公的な事業にかかわる契約そのものに、透明性、競争入札、公平性がない以上、違法契約だという訴えである。当初の高等裁判所では、裁判に持ち出された「契約書」が「機密保持契約」になっており、証拠採用されず、法曹協会側の敗訴になった。だがさらに最高裁で争い、2020年7月1日に中国路橋会社の敗訴となった。鉄道建設は、中断された。おそらく中国は契約違反を含めて裁判で争うかもしれないが、国際司法裁判所に申し立てても数年はかかる。そしてかりに中国に不利な判決がでれば、またもや「判決文は紙くず」だと言う可能性が高い。中国の契約や法は、規則や規範ではなく、相互にとってのある種の「提案」なのである。提案が上手くいかなければ、紙くずである。中国では、法や約束の意味がまったく異なる。また2020年5月にタンザニアのマグフリ大統領は爆弾宣言を行った。中国から借りた約1兆円を返さないと言い出したのである。前任の大統領が結んだ契約が、マグフリ大統領にとっては、論外の条件だった。借りた資金でタンザニアに港を作るが、港湾工事は中国が行い、使用権は中国が99年間持つことになる。ところが契約書では、中国の港内活動についての何の条件もつけていない。マグフリ大統領は「酒に酔っていなければできない契約」と話している。こういう動きがでてくればドミノ式に周辺国でも類似した反応が起きてしまう。インフラ投資は、現地の経済環境を整え、経済水準を切り上げるものでなければ、多くの場合、現地にとっても無駄な投資である。中国は相手に資金を提供し、現地で自分のための仕事をしているだけである。投資のモデルケースを決めておき、それをアフリカ各国に持ち込んでいる。現地では、一時的に資金の動きと人の移動があるので経済は伸びる。ところがそれが次の局面へとつながるのでなければ、膨大な借金をして、無駄な「チャイナ記念碑」を立てていることになる。先進国のドイツでは、中国は少し異なる戦略を活用している。要所とみなす地域でM&Aを行うのである。2016年6月、中国の大手家電メーカーの「美的集団」がドイツの産業用ロボットメーカーのクーカを買収した。その後、中国企業は次々にドイツ企業にM&Aをしかけた。ドイツ政府は2017年7月、「対外経済法施行令」を改正して、軍事産業や安全保障、ハイテク、インフラ、エネルギー分野で、EUおよび欧州自由貿易連合(EFTA)加盟国以外の外国企業が、ドイツ企業を買収する場合、資本参加審査の義務化を行い、規制を強化した。だからと言って、中国がⅯ&Aを止めることはない。規制がかかるだけでは、それは突破できると考えている。規制は禁止ではない。規制はクリアーできるから規制なのである。情報セキュリティーも同じである。突破できるからセキュリティーなのである。中国の勢いは止まらず、2018年2月「吉利汽車」が、ダイムラーへ資本参加して筆頭株主になり、寧波の自動車部品メーカーである継峰汽車零部件も、ドイツの自動車内装部品メーカー大手のグラマーの株式を取得して、議決権を84%取得した。この段階では、中国は的確にドイツの自動車産業の中枢を狙っていることがわかる。2019年1月、中国のアリババ集団はドイツのデータ分析のスタートアップ企業であるデータ・アルチザンスを9000万ユーロで買収している。ドイツはEUのなかで最大の黒字国であり、EU域内で見れば、周辺国を赤字にしながら、ドイツの一人勝ち状態が続いた。EUを維持するためには、ドイツだけをEUの別枠にしたほうがよいという意見はしばしば聞かれる。そんなときドイツは、新たなマーケットを求めて中国に接近していった。そこからドイツと中国は、相互に深く浸透しあうことになった。中国企業によるM&Aの約60%は、ドイツの特定地域に集中している。バーデン・ヴュルテンベルク州、ノルトライン・ヴェストファーレン州、バイエルン州の3州で、最先端技術をもつ企業が集中する地域である。ノルトライン・ヴェストファーレン州はドイツ経済の中心地で、2020年8月20日現在、華為技術(ファーウェイ)、中興通訊(ZTE)、徐工集団(XCMG)、三一重工など、中国の有名企業の欧州本部が置かれている。この州のドイツ企業2700社以上が中国に駐在員事務所をもち、ドイツの対中投資額の4分の1を占めている。ドイツは中国にすっかりと飲み込まれている状態である。日本のジェトロも、2018年10月16日にノルトライン・ヴェストファーレン州企業の国際化支援機関であるNRWインターナショナルおよびNRW州への投資誘致機関であるNRWインベストとの間で、相互協力強化に関する覚書を締結している。この州は、ドイツの中でも最大の対内直接投資残高を有し、とりわけ日本企業が最も多く集積し(進出日系企業数622社)、日本企業の中欧における投資の中心になっている。他方、中国資本の目の付け所はかなり異なる。ノルトライン・ヴェストファーレン州はドイツで最初に中国の「一帯一路」プロジェクトに署名した州で、中国がこの州に目を付けた最大の利点は、同州にある「デュイスブルク港」である。欧州最大の内陸港として知られ、700キロメートルの内陸航路に約120の港湾があり、北海、バルト海、大西洋、地中海、黒海に通じ、欧州の重要なハブ港になっている。デュイスブルク港には、中国の重慶を起点として、週に40本程度の長距離鉄道が運行されているらしい。州都デュッセルドルフ市は、2015年に中国総領事館が設置された後、武漢市と姉妹都市を締結している。2019年9月には、米国が強く警告する中で、ファーウェイと「スマートシティ」プロジェクトの開発契約を結んだ。ノルトライン・ヴェストファーレン州を含むこのドイツ3州は、ここ5年間で、ドイツ経済の根幹を中国に握られるほど密着してしまった。この経済的な密着こそ、今回のコロナウイルスがドイツで感染拡大した最大の要因となった。BMW、ZFフリードリヒハーフェン社の上海子会社なども、企業データ、金融データ、社会的交流、ネット言論の内容に至るまで、ことごとく中国政府のデータとして保存されている。中国ですでに導入されている個人対象の「社会信用システム」がある。AIを使った厳しい監視体制が、国民のプライバシーを過度に侵害するとして多くの懸念がでている。それと同じように、「企業版社会信用システム」が本格的に導入されれば、中国でビジネスを展開する外国企業にとって、まったく局面が変わってしまう。すべての外国企業や合弁企業は中国政府に企業データを提供する義務が生じ、中国政府は外国企業の先端技術を獲得して、政治的に活用することが可能になる。投資と報復を備えた「核心的制御変数」を、自分で制御できるようになるまで、中国の企業制覇は続くと考えられる。ゾーン・プラットホームには、設定上いくつかの必要条件となる特徴がある。このプラットホームは、交流を盛んにしてシナジー効果を狙っているのではない。中国から見て、自分で制御可能な領域を次々と作っていくのであり、それは「拠点形成」であり、各国はそれに協力させられるかたちになる。それが中国の言う「Win-Win」である。やり方はかなり単純で粗暴なものである。上流を抑え込むことと、個々の作業量で相手の対応できないレベルを実行すること、それによって自分の行動が個々の場面で「核心的変数」となることである。そのためのもっとも容易なやり方が、情報制御である。上流の抑え込み作業は、実はあらゆる場面で実行された。電気製品で、不可欠の素材の一つは、「レアアース」であり、鄧小平は中東に石油があるように中国にはレアアースがあると言っていた。レアアースは、実は世界中の地層のいたるところに存在する。どうしてそれが中国の特産品のようになるのか。中国には、比較的レアアース濃度が高く地表付近に集まった地区がある。レアアースを取り出しやすい地区であることも間違いがない。しかしそうした地区はオーストラリアにもアメリカにもある。それが中国の特産品のようになるためには、特殊な仕組みがあるに違いない。まず政府方針として、巨額の補助金を付ける。そしてその補助金を目当てに多くの人たちがレアアース採掘に取り組み、レアアースの値段を極端に下げる。その結果、採掘現場近くの河川が廃棄物によって真っ赤な水になってしまったことがあった。こうして安価なレアアースを商品化すると、国際市場で他国の製品を値段で圧倒し、中国製のレアアースを不可欠で代替不可能な商品に仕上げるのである。補助金に群がった多くの中小企業は、補助金が終われば事業から撤退する。ひとたびレアアース市場で、上流を抑えてしまえば、物流の制御をゾーンとして抑えることができる。そして世界各国は、安価な中国製レアアースを輸入して使うようになるので、レアアースの製品の品質はこれ以上良くなることはない。中国経済の仕組みには、上流そのものを抑えるという発想があり、それは経済運営を行う政治的な方針でもある。資源産業がそれほど長もちするはずはないのだが、価格と量で圧倒してしまえば、自分たちが制御変数になることができるという確信があり、それを支えるのが政府補助金である。一早く新型コロナウイルスの制御に成功した中国は、世界中がウイルス制御に苦しんでいる場面で、ただちにマスクや医療用防護服の大量生産と輸出に乗り出した。このときも政府補助金が付き、多くの中小企業が参入している。そして多くの粗悪品を世界中にばらまき、政府補助金が終われば、多くの中小企業は撤退するのである。これを見ていた世界各国は、もはや中国に依存していたのでは、まともな医療物品の整備はできないと考えるようになった。少々物品の値段が高くなっても、医療必需品は自国で生産し、備蓄しておく必要があることを再認識することになったのである。上流制御の中国の果てしない夢は、ともかく資源となりそうなものに眼を付けることに見られる。その一つが、「水」である。生物体の維持には水を欠くことができないが、半導体製造にも水は不可欠である。アジアの水の源流はどこか。それがチベットであり、インダス川、ガンジス川、揚子江、黄河、メコン川のようなアジアの主要な河川の源流が、ここにある。中国の前首相である温家宝は、「水不足は中国の生死を分かつ」と言い、インダス川、サルウィーン川、プラマプトラ川、カーナリ川、サトレジ川の上流に、約7000ものダムを建設してしまった。上流を抑え込むという中国の粗暴な原理がここでも発揮されて、上流を管理したものが川を制圧するという発想である。そして下流域、とりわけインドでは水不足になっている。メコン川はチベット高原から始まり、中国の雲南省を通り、ミャンマー・ラオス国境、タイ・ラオス国境、カンボジア・ベトナムをおよそ4200キロにわたって流れ、南シナ海に抜ける。典型的な国際河川の一つで、数多くの支流がある。そこに中国がダム建設を始めた。メコン川は下流地域との水資源の活用を巡って協議の必要な国際河川である。タイ、ラオス、ミャンマー、カンボジア、ベトナムの本流・支流周辺では、日用品の取引などの小規模な貿易が行われている。一時、水力ダム建設による生態系破壊が問題になることもあったが、電力需要の高まりを配慮して、次々とダムが設計され、基本的には中国の資金支援と企画で進んでいる。河川は、自然にひかれた物流のゾーンであるため、源流を抑えること、ダムによってそれぞれの制御局面を抑えていくことが実行されている。この企画に慎重なのはベトナムぐらいで、他国はインフラ整備による一時的な経済発展を受け入れる方向である。一般にインフラ投資は、20年、30年という投資-回収のタイムスパンをもつ。最低10年はかかる。ところが中国の借款は、基本的に3年から5年返済である。インフラの整備から得られる収益増が、それに見合うはずがない。そのため中国によるインフラ投資は、同時に中国側が優先的に押さえることのできる担保と見合いになっている。港湾の優先的な使用権や鉱山開発権である。これは途上国にとっての支援や援助ではない。中国は援助や支援とは別の商売を行っている。そしてそれを「現代版シルクロード」とか、「人類運命共同体」とか、なにかわけのわからない「おまじない用語」に乗せて語るのである。相手にとって必要な支援を企画し、それに合わせて長期間の発展見込みのなかで展開されるのでなければ、こうした企画は実は最初から無理筋である。
2 デュアル・ユース
情報技術の開発は、経済的行為であるとともに、軍事的な行為でもある。他国もしくは特定地域での中国によるPCR検査は、医療支援であるとともに、その国や地域の遺伝子情報のサンプルの集団的な確保でもある。中国の言う「Win-Win」は相互利益のことではなく、中国が二重に勝つことである。「頭領は転んでもただでは起きない」を、国家ぐるみで行うのである。そのための情報統制の法整備も行われている。 学ぶことは舞台裏まで学ぶことであり、つまりは情報を盗み取ることである。学習と情報の盗み取りは、一貫して接続している。こうなれば研究を装ったスパイ行為は日常的に行われるようになる。中国は、2017年6月、諜報活動に法的根拠をあたえる「国家情報法」の制定を行った。この7条は、以下のようなものである。「いかなる組織および国民も、法に基づき国家情報活動に対する支持、援助及び協力を行い、知り得た国家情報活動についての秘密をまもらなければならない」となっている。この7条はいつものように「どのようにでも解釈できる」文章の作りであり、スパイ活動にも協力し、中国の諜報活動についてかりに知る所になったとしても漏らしてはいけない、という内容である。中国の主要企業には、企業内部に「共産党委員会」が設置されており、情報を盗み出してくることは、「党建設」の重要な仕事の一つであり、それじたいが「共産主義の学習」の実地訓練でもある。こうなればインターネットの意味はまったく変貌してしまう。GAFAを中心としたインターネットと、中国のインターネットは別のものだと考えてよい。中国共産党は、西側の主要なインターネットにアカウントをもち、プロパガンダを続けているが、中国国内の中国人には、こうしたアカウントの取得は遮断されている。そして外国に滞在する中国人にも、情報提供を呼びかけ、提供された情報に「報奨金」を付けるような仕組みを導入した。中国から世界各国に留学した学生から見れば、現地情報を本国に送れば、収益があるのだから、留学生活費の足しにもなる。留学生たちは、スパイ行為の意識がなくても、生活費の足しになるのであれば、気軽に情報を中国共産党に送ると思われる。それに近い事例が私の身近にもある。これはおのずとスパイ活動を行うように推奨する法でもあり、これが国家法であれば、そのまま中国は実質「国際的犯罪国家」である。中国共産党の国内向け宣伝報道に「賛同」の意思表示のメールを発信した場合も、わずかだが報奨金が付く。そのわずかの報奨金目当てにネットで意思表示を行うものが、「五毛党」と呼ばれている。これを制御するような国際法がない、というのが実情である。世界各国は、自国の安全保障関連の法律を活用して、そのつど個々のスパイを取り締まるよりない。サイバー攻撃で機密情報を盗まれて会社そのものが倒産した事例はいくつもある。実際サイバー部隊は、政府系機関、国有企業、人民解放軍に総勢20万人程度いるといわれている。有名なのがカナダのノーテル社である。中国政府系のサイバー攻撃者やハッカーたちの最大の目的の一つは、知的財産など経済的な情報を盗むだけではなく、それらを盗むための足掛かりとなる個人情報をかき集めている場合もある。また、軍部や政府などの機密情報を盗むことも狙っている。要するに、相手を「破壊」するというよりは、経済的・軍事的・政治的なアドバンテージを得るため、産業や軍事などの分野でサイバースパイ行為に力を入れているのである。しかもその攻撃は、かなり昔から行われている。ブルームバーグ誌が報じたカナダのケースでは、狙われたのは大手通信機器企業ノーテル・ネットワークスで、1990年代後半から継続してサイバー攻撃が続けられ、2009年に倒産した。世界中で有名になった事件であるため、人民解放軍の名前とともに、産業史に残るほどの事件である。中国系ハッカーが、ノーテルの最高経営責任者を含む上級幹部7人から盗んだパスワードを使用し、少なくとも2000年あたりからノーテルのコンピューターに侵入し、数年にわたって技術マニュアルや調査研究リポート、事業計画書、従業員の電子メールなどを含む文書を、ダウンロードしていた。中国からすれば、「学習」の一つである。ノーテル社からサイバー攻撃によって盗まれたのは、後に4Gや5Gなどにつながっていく米国の通信ネットワーク機器の設計図などの詳細情報や、財務状況、顧客との商談に使うパワポの資料など、貴重な資料の数々だったと言われている。ここで実行されたのは、中国のサイバー攻撃の典型的な手法で、時間をかけてじっくりと盗んでいく。しかも根こそぎ情報を盗み出すため、この攻撃は「掃除機戦術」とも呼ばれたらしい。これらのデータが中国のどこに流れたのかは明確には分かっていない。だがこの件の調査を行った多くの人たちが、大手通信機器会社の華為技術(ファーウェイ)など中国のテクノロジー企業を後押しするために行われ、ノーテル社へのサイバー攻撃を担当したのは、当時、北米地域を担当していた「人民解放軍総参謀部の第3部2局」だったとも言われている。後にこの部署に属するメンバーは、北米企業に対してサイバースパイ工作活動を繰り広げていたとして、FBIから指名手配を受けた。ノーテル社の場合、攻撃は同社が倒産する2009年まで続いた。倒産間際、ファーウェイ側は自分たちが弱体化させたノーテル社に対して、買収や支援を持ちかける協議もしている。中国共産党はこうした戦略で、2010年ごろには、検索大手のグーグルや金融大手のモルガン・スタンレー、IT企業大手のシマンテックやアドビ、軍事大手のノースロップ・グラマンなど数多くの企業をサイバー攻撃していたことが判明している。中国は2014年に「反スパイ法」、2015年に「国家安全法」「反テロリズム法」、2016年に「NGO活動管理法」「サイバーセキュリティー法」を成立させている。やり方はここでも明白である。国内は、法によってがんじがらめに固めて、他国では法の隙間を縫うように情報収集と宣伝活動を行う。法の非対称性を最大限に活用する。日本は、スパイ禁止法さえ制定されていないのであり、余程のことがない限り、精確に「優れた草刈り場」である。アメリカ・ヒューストンの中国領事館で閉鎖命令がでたとき、この領事館に人民解放軍所属の科学者が逃げ込んでいたことが判明した。唐娟被告はカリフォルニア大学デービス分校で研究していた。唐被告は他の容疑者と同じように、ビザに軍に所属したことはないと記載していた。だが唐被告は中国空軍医科大学所属の現役将校だった。FBIは唐被告を逮捕しようとしたが、彼女は在サンフランシスコ中国総領事館に逃げた。だが結局、米司法省によって2020年7月23日に逮捕された。今回のヒューストン総領事館閉鎖も中国職員が偽のビザで容疑者を移動させたことから起きた。ヒューストンでは新型コロナワクチン(新型肺炎)関連の技術を盗もうとしたと伝えられた。FBIはまた、中国人民解放軍が領事館を中心に米国の25の都市で技術情報を抜き出すネットワークを構築していたと推定している。さらに米司法省は2020年7月21日、複数の企業から新型コロナウイルス研究を含むデータを盗んだり、あるいは盗もうと試みたとして、中国政府のために活動する中国人ハッカー2人を起訴した。米国をはじめ日本や英国、ドイツなど計11カ国が被害に遭ったという。起訴されたのは李曉宇、董家治の両被告で、中国国家安全省の支援を受けていたという。起訴状は、「彼らは中国・成都市にある電気工学の学校で共に学んだ元クラスメートで、習得した技術を悪用してさまざまなコンピューターネットワークに不正侵入」し、「数億ドル相当の企業秘密や知的財産、その他の貴重なビジネス情報を盗んだ」となっている。またネットアプリを活用して、アメリカのBLM運動(人種差別反対運動)やアンティファ―のような極左勢力に加担する偽情報を次々と流してもいる。そのアプリの代表がTikTokだった。見え透いたやり方であるが、領事館にいるものたちが、アメリカの騒動をネットを活用して煽り立て、騒動を拡大する行為を行っていたのである。これは「ネット内政干渉」である。他国が自国に対して発言すれば、「内政干渉」となり、自国が他国に対して行えば、文化的アピールとなる。こんな都合のよい身勝手な主張がいつまでもまかり通るとは思えない。情報の非対称性を作り出し、その落差を活用することを政治的戦術としている。ヒューストンの領事館閉鎖が公開されると、領事館の中庭から煙が立ち、近所の住民の通報によって消防車が駆けつける騒ぎになった。内部にある書類のシュレッダー裁断が間に合わず、燃やそうとしたと言われている。ここまで情報機能を身勝手に利用すれば、アメリカは黙っていない。情報接続で、中国ネットワークの排除をはっきりと明言し始めた。オーストラリアでも中国の工作がどんどんと明るみに出てきた。中国がオーストラリアへの影響力を拡大するために政界と学界に対する工作を行っていたのが露見した。中国は中豪関係研究所と中国平和統一促進オーストラリア委員会という組織をつうじて、それぞれ学界と政界を後援した。これらの組織は在豪中国大使館と領事館の指示を受けたものと疑われている。特に不動産開発で大金を稼いだ中国系オーストラリア人の周沢栄と黄向墨が背後にいると言われている。2016年にオーストラリア国立大学が、周と黄の寄付金を受けた事実に対し、オーストラリア安全保障情報局が調査に着手した。2018年5月に、オーストラリアの高官であるジョン・アッシュが周から高級プレゼントを受け取っていたという暴露記事が出てきた。2019年11月中国人民解放軍所属スパイである王立強がオーストラリアに亡命を申請し、「中国情報当局の指示によりオーストラリアでスパイ活動し、指示を受けた命令には暗殺まで含まれていた」と暴露した。中国がオーストラリアに仕掛けた「内部浸透」は、広範囲で多様な戦線を張ったものだった。スローガンは、「海洋シルクロード」であり、中国東部の沿岸都市と南シナ海を通過して南太平洋にゾーンを作り上げるという構想だった。話が大きすぎるところがミソで、気が付けば、ダーウイン港の99年間の貸借、インフラの協同事業の推進が含まれていた。オーストラリア保安情報機構や国防省は、それに対して北部インフラ整備と一帯一路を結び付けるべきではないと主張したのである。このあたりの詳細はドキュメンタリー風に、ハミルトン『目に見えぬ侵略』に描かれている。筋違い機能活用 デュアル・ユースの別の側面が、筋違い機能活用である。ある機能を別の機能で対応させるもので、一般には使えるものは何でも使うというシステム制御のやり方である。オーストラリアのモリソン首相が、WHOに対して、新型コロナウイルスの拡散についての初期の状況に関して、第三者検査機関による解明を求めたことがあった。これはごく常識的で不可欠な提案である。今回のパンデミックは世界史的な大事件となっているのだから、報告書を作成してきっちりと残しておかなければならない。ところがこの発表後に、中国はオーストラリアから輸入している大麦に80%を超えた関税をかけ、牛肉の輸入を停止すると発表した。その後も、中国政府はオーストラリア産のワインについて中国で不当に安く売られているとして、反ダンピング調査を始めたと発表した。この輸入制限はオーストラリアへの報復かと問われると、それとは独立の貿易にかかわる処置だと管制報道官は述べている。中国の管制報道官のなかには、毎日筋違いの事柄を弁明するために、顔相が歪んでしまっているものもいる。華春瑩はさすがで、どんな嘘でもぺらぺらと話すだけの言葉の腕力と愛想がある。ただし脅しや脅迫の表明は、彼女には向いていない。どこかコメディになってしまうのである。韓国がアメリカと合意して、高高度ミサイル防衛システム(Thaad)を韓国内に配備したとき、中国はそれに反発した。北朝鮮を念頭においた防衛システムであったが、レーダー網は北京を覆うほどの広さをもっていた。だが自国の防衛システムに対して、韓国には単独での決定権がない。日本の自衛隊と駐留米軍のように指揮系統が二つに分かれ、それが協議して作戦を作り上げる仕組みとは異なっている。韓国軍は、アメリカ軍の指揮下にある「国連軍」の一翼を担う仕組みであり、この国連軍の後方司令部は、実は日本にある。それは横田の米軍基地内に置かれている。韓国のミサイル防衛システムが、大邱のロッテ所有の地所に配備されることが決まると、中国は中国国内のロッテの店舗ロッテマートの利用を制限するように指示を出し、中国国内店舗の8割は一時的に閉店となった。それと並んで韓国への中国からの団体旅行を実質禁止した。言うことを聞かなければ、別の報復をするという「体育会まがい」の制裁対応をみて、多くの国は、中国は「民度」が低すぎると感じることになった。ピッチャーが投げた誘い玉に相手がのってこなければ、ビーンボールを投げる。それも外れて相手がフォアボールで塁に出ると、牽制球と見せかけてランナーにボールをぶつけるのである。体育会でも、露骨すぎてやらないレベルのことである。超限戦 このころから中国は戦いの仕方を自分で定式化することになった。定式化とは、やっていることを自分で明文化することである。一帯一路は経済圏構想であるが、経済活動だけをやっているわけではない。「中国・アフリカ協力フォーラム・北京行動計画」(中華人民共和国外交部、2018年9月5日)を見てもわかるように、政治、医療、教育、文化、メディア、安全保障など幅広い範囲を網羅している。中国が一帯一路で行っているのは「超限戦」と呼ばれる「戦争」と考えるべきだと思われる。超限戦とは1999年に中国で刊行された『超限戦』という書物で提示された新しい戦争の形のことである。
「あらゆるものが手段となり、あらゆるところに情報が伝わり、あらゆるところが戦場になりうる。すべての兵器と技術が組み合わされ、戦争と非戦争、軍事と非軍事という全く別の世界の間に横たわっていたすべての境界が打ち破られるのだ」(『超限戦』喬良、王湘穂 角川新書)
著者の喬良は、人民解放軍国防大学元教授である。超限戦とは戦争のために、軍事、経済、文化などすべてを統合的に利用することである。戦争は、もはや軍人が行うものではない。軍事主体の戦争は、ごく一面的なものである。もはや軍事と非軍事の区別はない。2014年にはロシアの新軍事ドクトリンに「超限戦」に近い戦争の概念が盛り込まれ、欧米諸国はこれを「ハイブリッド戦」と呼んだ。この頃から、世界は否応なしに超限戦/ハイブリッド戦の時代に突入した。近年のフェイクニュースやネット世論操作も超限戦やハイブリッド戦のひとつだと考えることができる。ファイヤーウォール(情報非対称性)中国の情報制御は、二重の機能を帯びている。情報の伝達以外に、情報をどのように政治的に活用するのかという点で、典型的なデュアル・ユースが実行されている。一番見えやすいのは、自分に都合の悪い情報は、すべて間違いだといい、燃やして無くしてしまい、他面では自分の都合の良いように別情報を流し続ける。ここに情報の壁が作られている。ベルリンの壁に匹敵する「北京の情報の壁」である。これには国内対策という面もある。共産党という政党は、選挙によって国民から選ばれた政党ではない。そのためつねに国民向けの顔を作らなければならない。中国国民から見たときの共産党の見てくれが悪くなるような事実はすべてないことにしなければならない。事実であっても都合の悪いことが外国から指摘されれば、かたちのうえでことごとく反論して見せなければならない。ファイヤーウォールは、情報に非対称性を作り、国内向けの共産党の顔と、外国向けの共産党の顔を使い分け、必要に応じてデマ宣伝を行い、国内向けには「愛国映画」「戦狼」を流し、現実と虚構の間の境界を取り払うのである。情報の非対称性は、あらゆる場面で活用される。実は共産党党内でも活用されていると思われる。党内の争いも同じように相互に情報操作をやりあっているのである。そのためか真偽のさだかでない情報が流されることがある。習近平の姉が、香港の高級マンションやアパート5室を所有し、400億円以上の資産を隠し持っていると流されたり、江沢民のアメリカ在住のモヒカン刈りの孫が、50兆円以上の資金をもっている、というような話が流れる。党内でも、情報リークをつうじて、相互に牽制しあっている状況があると思われる。しかもリーク内容が半端ではない。中国では、国内には精確な情報は流されず、中国国民は最初から選別された情報をあたえられ、中国国民も最初から人為的に制御された情報だと受け取り、中国共産党は表面では虚偽を伝え、裏側に制御されていることのメッセージを残す。これは中国の伝統的な文化と言ってもよく、『紅楼夢』のなかでも、表向きの情報と裏側の思いが同時に込められている箇所がかなりある。こうなれば逆に共産党中央には、都合の悪い情報は一切上がってこないだろうから、実際に国民の内情を知るすべがなくなる。党中央の首相が、洪水の大災害地を見舞い、「問題があれば言ってください」と語りかけると、住民たちは「問題はありません」と答える。こう答えるのは、地元住民ではなく、実は首相来訪に合わせて派遣されている扮装した地元の公安警察である。ここで行われていることは地方の視察ではなく、アカデミー賞ばりの政治ショーである。情報について、共産党中央は、つねに「裸の王様」である。そのことは逆に中国共産党は、個々人を管理するための移動や顔認証での情報を強化し、情報管理社会を作らなければならなくなっている。中国の情報管理社会は、党中央に国民からの正直で裏表のない情報が上がってこないことの裏返しなのである。この問題は、実は国際関係では、最初からいびつな関係を作り出している。民主主義国では、表現の自由、情報選択の自由等々の自由が前提となる。中国共産党は、最初から情報統制を行っているのであるから、共産党体制と民主主義国とでは、相互信頼がそもそも成立しない。たとえば「協議」というとき、双方が同じ条件にないのである。ペキン文法 日本の国会の官僚答弁でしばしば現れることだが、日本の官庁には「霞ケ関文法」がある。同じ日本語であるはずなのに、まったく別の語の活用を行う特異な文法である。特異さにかんしては、中国の「北京文法」は、霞ケ関文法をはるかにしのいでいると思われる。というのもときとして、ただの冗談、言ってみただけ、見え透いた言い訳と思われるもの、手の込んだ冗談の一歩先、見え透いたホラ等が多々含まれているからである。そしてそれらを堂々と公的に述べるのである。そこにはいくつもの特徴がある。(1)大きな話をして焦点をずらす。新型コロナウイルスが、主要には武漢から拡散し始めたことは、間違いなく事実である。そして初期の感染状況について細かな調査と報告が必要な世界史的事件であることも事実である。そのことを中国はまったく認めようとしない。その話が出れば、管制報道官はまちがいなく、中国は世界各国にマスクや医療用具を送り、人類運命共同体の健康維持に貢献してきたという。医療品が不足しているところに送ることは、人道的対応であり、国境を超えた思いやりである。そのこととウイルス拡散の初期に何が起きたのかを調べることは、まったく別の課題である。不都合な話題を覆い隠すほど、話を拡散させる。かりに習近平の言う「人類運命共同体」がより善良なものであろうとすれば、「ウイルス拡散の初期状況の調査」は、あきらかに貢献度は高い。初期状況調査と人類運命共同体の促進は、両立するだけではなく、むしろ不可欠の要素でもある。(2)肯定しても否定しても意味がない。2020年8月中旬には、中国東シナ海沿岸の漁民が、漁の解禁となり、尖閣諸島周辺にまるで船団のように出かけてくる。そのことを見越して、中国は「日本側が漁を禁止する権利はない」とわざわざ言ってくる。公海である限り、日本には「禁止する権利」はない。わざわざ言われなくても、そんな権利はないのである。要するに尖閣諸島付近の日本の領海でも操業するので、それを止める権利はないとわざわざ言っているのである。そして尖閣諸島は、本来中国の領土であると、言葉のついでに主張しているのである。そこでは中国はこんなにも事前配慮しているのですよ、と押しつけがましく言っているのである。こんな言い分は、中国以外には誰も認めていない。そうすると中国がただそう言っているだけになる。こんなものに肯定しても、否定しても意味はない。それは南シナ海が、2000年前から中国の領海だと言っている場合も同じである。言葉で言うことによって、肯定も否定も意味のない領域を作りだす。そしてそこに実効的に制御される現実性を作り出すのである。それは半面、「言葉で言うことが、そのまま事実である」という内容となる。こうした事態が言表に含まれる場合には、妄想と同じ仕組みだから、言葉で対応しても意味はない。尖閣諸島の周辺の岩や窪みに、中国は中国語で勝手に名称を付けたことがある。自分で最初に名前を付けたものが、最初の所有者であることを言っているのだろうか。たしかにルソーは『不平等起源論』でそんなことを述べていた。それはある意味、不平等の出現の開始なのである。(3) 言葉への反射反応 こういう社会神経症性の言葉には、隠しておきたい言葉があるというのが実情である。「普遍的価値」「報道の自由」「市民社会」「市民の権利」「共産党の歴史的誤り」「特権資産階級」「司法の独立」という7つの言葉を記事や論文などで使ってはならないという党中央からの指示がなされているという報道がある。いわゆる「敏感ワード」と呼ばれるもので、ネット上に流れれば、ただちに検閲にひっかかり消されてしまう。これらの言葉を使えば、一つの社会的動向が生まれてしまうような語であり、少なくともそのことのきっかけをあたえることにもなる。表向きは西洋的な価値観に染められてはいけないということなのだが、だからと言ってヨーロッパ的な「イデオロギー」に代えて、平等や博愛を持ち出すわけにはいかない。中国には、社会主義的「平等」などどこにも存在していない。言葉の弾圧は、別の言葉によって代替されなければならない。しかもヨーロッパ語に容易に翻訳できる語ではいけない。中国国民にとって誰にでも直接理解でき、なにか未来を拓くような語が必要となる。語の選択の幅は、そうとうに狭い。おそらくそれに相当する語が、「中華民族の復興という中国の夢」なのである。だが民族にかかわる語が出現したときには、もう限界に来ていると考えてよい。民族への思いが国家を主導するスローガンとなったとき、ゲルマン民族も大和民族も特異な団結力をもたらした。国家が民族主義によって方向付けられるとき、すでにカテゴリーのすり替えが起きている。しかも「中華民族」とは、どの民族のことなのか。中華民族が誰のことを指すのかは、正直明確になったことはない。言葉じたいも、19世紀末に造語された語だと言われている。孫文の辛亥革命では、「五族共和」が歌われている。漢族、満州族、モンゴル族、ウイグル族、チベット族である。もともと満州族である清朝も、五族共和を国家の仕組みとしていた。中華民族は、基本的に漢民族が他の民族を制覇し、統一することである。この語を華々しく活用していたのが、毛沢東である。毛沢東の「民主主義の実現」は漢民族による制覇のことである。それを再度習近平が持ち出してきた。(4) 言語明瞭、意味不明瞭 アメリカから圧力をかけられて以降、中国は言葉での仲裁を求めている。王毅外相は「衝突せず、対抗せず、相互尊重」と機会に応じて公式に述べている。王毅は政府側の外務大臣であるから、実質的には副大臣である。党側の外交の代表は、楊潔篪であり、党中央政治局25名のうちの一人である。政治局常務委員が、チャイナセブンである。王毅は一方で、米中関係をめぐっては「協力こそが最良の選択肢だ」とも言う。言葉は明確である。だが意味が不明なのである。中国式「協力」とは何を意味しているのか。中国式「相互尊重」とは何を意味するのか。これらの言葉は、実質的な内容の決まらない言葉である。また協力には度合いがあり、わずかの協力から、二人三脚のような協力まで度合いの幅が広い。そうなると言葉を理解したり、了解しあうことに何一つ実質がない。中国の公式発言には、そうした言葉が多い。(5) スーパーシュール 中国のネット界のスーパースターに「趙盛華」というのがいる。ハワイ沖で潜水艦に数千発の核弾頭を積んで、潜水艦そのものを沈没させ、チベット以外は大津波で文明を壊滅させる。チベットの地下深くに核弾頭を数千発埋め込み、それを爆発させて地球の自転軌道を変える。趙は、こんなことを年がら年中ツイッター(微博)で発信し、320万人程度のフォローアーをもち、2万7千人の「いいね・支援軍」を抱えているようである。ありえなさの度合いが、現在の中国の無理のかかったありえなさの度合いに釣り合うせいか、どこか自分自身にもうっすらと感じ取ることのできている現実性の感触が、これらの言葉に拍手喝采をひきだしてしまうのかもしれない。何かが起きてもおかしくないと感じられるとき、ここまで極端にしなければ現実性の感触に釣り合わないと感じている人たちが、莫大な人数いると考えてよい。趙盛華は、おそらく一時的にしろ、まちがいなく中国ネット界のスーパースターの一人なのである。こんな言語表現をやっていれば、いずれ世界的に災いをもたらすような虚偽を生み出してしまうと予想される。そして実際にそうなったのである。都合の悪い事実を隠し続ければ、まさにそのことによって世界中が災厄に巻き込まれ、それによって世界全体、各国国民に多くの災害をもたらすことになった。2019年12月末には、新型コロナウイルスが人と人の間で感染することはほぼ確実だとするデータがあった。中国当局もそれを知っており、WHOにも非公式に知らされていた。疫病は、対応が1週間遅れただけで、まったく別の社会的病態となる。たとえば3週間人為的に報告を遅れさせれば、すでに犯罪であり、少なくとも「過失傷害」である。中共の指導部は、データの公開を抑え込んでいる。都合の悪いことは、隠しておくという、いつものものうい習慣的な行為が、ここでも実行されてしまった。この新型ウイルスについて公表しようとした医師李文亮を、公安職員を派遣して強制的に拘束している。この李文亮は後にコロナウイルス感染によって亡くなった。放置すれば世界中に害をもたらすことと、中国共産党のイメージを悪化させないことが釣り合うはずがない。そして中国内部からの告発者が出現した。アメリカ亡命という大きな賭けを打って、中共のデータ隠蔽を告発したのである。米国に亡命した中国出身のウイルス研究者、閻麗夢(エン・レイム)博士が2020年7月10日、米FOXニュースの取材に答え、新型コロナウイルスについて「中国はもちろん、世界保健機関(WHO)も感染初期の段階から「ヒト-ヒト感染」が起きていることを知っていた」と証言した。閻博士は香港大学公衆衛生学院のウイルス研究者だったが、4月に「新型コロナの真実を明らかにする」という理由で米国に亡命している。報道によれば、彼女は昨年2019年12月31日、WHOの顧問でもある上司から指示され、新型コロナの調査、研究を始めた。中国の疾病予防管理センターの友人から「家族全員の感染を確認した。ヒト-ヒト感染が起きている」と教えられ、それを上司に伝えたが「中国共産党のレッドラインを踏むな、われわれが消される可能性がある」と、警告されたということである。まるで映画のなかの一場面だが、情報の現実性が限りなく軽くなっている中国では、いくらでも起こりうることである。世界に向けてコロナ情報をどのように発信するかではなく、党中央がどういう処分を行うかだけが、問われてしまっている。WHOのテドルフは、2020年1月14日の公式声明で「ヒト-ヒト感染の証拠はない」と発表していたが、中国の国家衛生健康委員会が1月21日事実を認めると、追従する形で翌22日に「ヒト-ヒト感染」を認めている。国際機関のトップがコロコロと見解を変えるようでは、世界的な大損失である。しかもヒト-ヒト感染の有無は、疫病の性格を知り、対応策を考える上では、決定的に重要なことである。それを確認もせず、公式発表するのだから、必要な手順さえ踏んでいない。中国に対して、極力抑制的であったドイツでさえ、中国に損害賠償請求を行うと発表している。国家そのものは主権免除によって直接訴えられることはない。民事訴訟の被告人となるのは、中国という国家ではなく、中国共産党という「政党」であり、この政党の幹部である。アメリカ国内の金融機関に保存されていると言われている中共幹部の数百兆円の資金が、やがて凍結されるとも言われている。4月11日にはアメリカのミズーリ州が、中国に対して損害賠償請求の民事訴訟を起こしている。世界にウイルスが蔓延したとき、ウイルスによる疾患、死亡者数の統計的な数値を、毎日ほぼ精確に報道していたのは、アメリカのジョンホプキンス大学の担当部署である。これによって世界中の動向が明らかになった。疫病の統計値を集計し発表していたのは一大学の公衆衛生部門であり、それは信用の置けるデータである。世界の公式統計を把握することも、WHOの重要な仕事のはずだが、2020年1月以降、WHOがどのような仕事をしているのかさっぱりわからなくなった。
3 経済・金融
中国の経済指標は、よくわからないものばかりである。経済先進国であれば、四半期ごとの成長率と雇用統計(失業率)が、もっとも重要な指標である。マクロ経済政策にとって、雇用の維持は、経済の現状を掴む際にもっとも重要なことである。経済政策は、雇用の維持を目指して行われる。ところが中国では、この雇用統計がはっきりしない。どの程度の失業者がいるのかもよくわからない。コロナウイルスによって、都市の封鎖が行われ生産ラインが停止したとき、地方から出稼ぎに来ていた多くの農民工は仕事が亡くなり、地方へと帰って行った。地方に帰り、農業に従事すれば、見かけ上は失業者ではないが、実際には地方では仕事がないので、都市部に働きに出てきていたのである。農業は、二人でやれる仕事を三人でやることもある。余分な一人の食費を賄うことはできる。だが実質的失業という事態は、覆うことができない。統計的に見る限り、2億9千万人程度の失業者が発生すると言われている。通常の国であれば、暴動の起きる数値である。さらに問題になるのは、中国国内にある外資系企業に勤務する2億人近い人たちの雇用である。中国の輸出総額の4割は、実は外資系企業によるものである。その代表格が日本企業である。外資系企業が中国からベトナムやタイに移転したり、本国回帰を行えば、景気循環とは別の理由で、雇用が失われてしまう。かつて安い労働力を売り物にして世界中に投資を呼びかけ、海外の企業を誘致していたが、多くの企業にとって中国に工場を置くメリットは間違いなく薄れている。しかも中国に移転した企業は、そこで得た収益を国外に移動させることはできない。そのため中国国内で再投資するしかない。トヨタもパナソニックも大きな収益を上げているが、その収益を本社へと移動させることができない仕組みである。中国に進出した日本企業の生産は、中国のGDP増大に貢献するが、日本のGDP向上に貢献することはない。この仕組みが外資による中国人の雇用を支えていた。アメリカは米企業を本国回帰するように命令に近い奨励を行っており、日本も日本回帰する企業に2400億円以上の補助金を計上している。日本企業は、この呼びかけに対して1兆6000億円程度の企業回帰申請が出されている。中国に工場を置くメリットとデメリットを相殺すれば、中国に工場を置く理由はほとんどなくなっている。雇用問題と並んで、経済の実質を決めていくのは、各企業、地方自治体の持続可能性である。多くの債務不履行がここ数年放置できないほど増えている。固定資産投資は、いつまでも続くものではなく、投資が成長率の低い地方へと広がれば、収益率はおのずと落ちていく。中国の国内総生産GDPの成長率は、現状では通常6%前後に設定される。これはよほど多額の補助金(財政出動)が入り込まない限り、無理な数字である。日本でも新幹線網を全国に広げていく局面に来た時、成長率は徐々に落ちていった。投資を全国に広げれば、総体の成長率は落ちる。地方の経済成長率は、全体の成長を押し下げ、平均化する方向に働く。一般に中国のGDPを支えるのは、「消費」+「輸出」+「投資」である。コロナウイルスによる混乱で、消費は大幅に萎縮している。もともと各家計は、不動産投資を行っているため家計借り入れの比率が高い。資金を借りて消費しているのである。新車買い入れもあまり伸びていない。足元では新車購入が回復していると言われるが、それは補助金がついているからである。家計借り入れが成立するのは、いま借りて消費しておけば、翌年はもっと給与が伸び、インフレが進行して購入物件が値上がりする場合である。そして給与の伸びも物件の値上がりも、もはや容易に期待できない。中国国内の生産は、コロナウイルス制御がひと段落すれば、V字回復すると言われていた。実際、生産量は足元の数カ月は伸びている。補助金を付けてアクセルを踏んでいるのだから、その分はV字回復する。だが製品を購入する先である欧米は、輸入が回復するまでには至っていない。経済の回復のためには2、3年必要だという試算が多い。中国の国内生産がかりに回復しても、購入する側がそれに対応しない。しかもアメリカは、中国製品に高関税をかけたままである。概算で見て、中国のGDPの3割は、輸出である。消費は概算で3割であり、残りは投資である。安価な製品を大量に売ってきたのであり、ワシントンのホワイトハウス前のアメリカ国旗(星条旗)の旗も中国製であり、アメリカ大統領選挙に使われるポスターや旗も、共和、民主を問わず中国製である。それでも関税を引き上げられれば、輸出量が6%も伸びることは難しい。中国の輸出の多くは、加工貿易製品である。ファーウェイ製品を世界中に売り込む戦略を立てることができたのは、基本的に製品が安いからである。先端半導体製品が、中国の最大の売りであった。だがこの主要製品こそ、実は中国のアキレス健だったのである。ハイテク分野の世界覇権を狙っている中国の弱点は、まさに中国の売りである半導体分野にある。中国の半導体国産化率は約15%と極めて低い。そのため中国は、この国産化率を2025年までに70%まで高めようとしている。それが「中国製造2025」というスローガンだった。クオリティーの高い半導体を製造するためには、優れた半導体製造装置、半導体部品、半導体設計が必要になる。製造デザインや機械については、アメリカのシノプシスInc.やガデンス・デザイン・システムInc.さらに日本の素材産業が握り、製造部品CPUについては、台湾TSMCと韓国サムスンが握っている。半導体設計については、現在はソフト・バンクグループ傘下にあるARM社(アメリカの半導体企業エヌビディアに売却)が握っている。半導体の機能部品に限れば、パソコンのプロセッサーがインテル、スマホのプロセッサーは米国のクアルコム、自動運転などに不可欠の「目」であるセンサーはソニー、工場のAI化に不可欠なセンサー・システムについてはボッシュ、キーエンス等々、そして半導体製造機械では米国のアプライド・マテリアルズ、オランダのASML、日本の東京エレクトロン等、すでに圧倒的なシェアを持つ企業が、既に確立し稼働している。アメリカの調査会社の予測では、2024年段階でも、中国の半導体国産化率は21%だと計算されている。さらに険しいことには、アメリカによる主要製品の使用制限である。米政府が取引停止の対象としたのは、ファーウェイのほか、中興通訊(ZTE)、海能達通信(ハイテラ)、監視カメラ大手の杭州海康威視数字技術(ハイクビジョン)、浙江大華技術(ダーファ・テクノロジー)の5社の製品である。これらは安全保障上の理由で、使用制限が行われた。貿易によって中国製製品を世界中に普及させ、世界マーケットをゾーンとして制御しようとした中国の戦略は、製品そのものの価格や価値ではなく、「安全保障」による「危険物」指定によって、大幅に頓挫することになった。中国GDPの最大の拠り所は、「投資」である。アメリカのシンクタンク、外交問題評議会のレポート(2020年1月)に紹介されているモルガン・スタンレーの予測では中国は2027年までに一帯一路に120兆円から130兆円に投資する。だが中国の一帯一路投資は、持続的に収益が見込めるかたちにはなっていない。コロナウイルスで経済が痛んだアフリカ諸国からは、債務償還の延期もしくは債務免除の訴えが出ている。それ以上に、中国国内向け投資が有効に回らなくなっている。2019、20年には、投資慣行が綻び始めたことを報じるニュースが相次いだ。いくつかのデータと資料を整理してみる。(1) 地方政府の利払い事故が多発している。地方政府の資金調達窓口会社が銀行借入や発行社債の利払いができない事件が激増した。2019年末に償還期を迎える地方債は2兆元(30兆円)。リーマンショック時の4兆元(60兆円)財政出動による債務の累積が地方を苦しめている。2020年の地方債の償還額は急増している。6兆元(90兆円)もの地方債の再発行が予定されているようだが、かなりの部分は既存の地方債の償還のための債券発行である。(2) 地方政府債務と並んで、地方中小地銀で取り付け騒ぎが起き始めた。発端は2020年5月下旬に内モンゴルの小規模銀行包商銀行が破綻し、人民銀行が同行を公的管理下に置いたことである。人民銀行は「すでに預金保険制度がスタートしている」ことを理由に、ペイオフ(大口債権カット)を断行した。要するに預金が巻き上げられたのである。(3) 国有企業の実質破綻、2019年11月日本の総合商社とも取引のある天津市の国有企業「天津物産集団有限公司」が、実質的な債務不履行状態に陥り、ドル建て社債の債権者に大幅な債権カット、または利率を大幅に下げた他の会社の社債への乗り換えを選択するように求めた。「天津物産」は世界500強企業(2018年度132位)にランキングされている企業である。それをあえてデフォルトさせたのは、党中央の意志でもある。中国政府は、債務処理を自前で行うことのできない国営企業を「灰色のサイ」と呼び、もはや輸血せず、倒産させる方針に転じている。これは過去の無謀な投資の損切りであり、公的機関からの強制的なリセットである。このタイプのデフォルトは、今後も断続的に起きてくる可能性が高い。しかもこうした倒産劇には、その処理過程で企業を国有化していく手順が見え隠れしている。9月には深圳の大手不動産会社「恒大集団」が12兆円の有利子負債をかかえ、資金繰りが困難になっていると発表された。9月14日には、安邦保険集団の解散が発表され、大家保険集団(国有会社)にすべての資産が移される手続きに入っている。(4)回らないのは地方自治体や企業だけではない。中国の個人住宅ローン残高はこの10年で8倍以上になっているが、同時期の中国人の可処分所得成長は2倍である。不動産ローン負担(収入比)は、2008年が23%だったが2018年には66%にまで増加した。同時に不動産が中国人の資産の6割以上を占めている。これは伸びきったゴムであり、この局面で消費を伸ばすことは容易ではない。個々人にも回るお金がもはやないのである。リーマンショックが起きたとき、外貨資産は資金発行残高の1.3倍に達していた。人民銀行はたっぷりあるドル資産を担保に人民元を大量発行し、商業銀行は産業界や地方政府、消費者への融資を拡大した。中央政府は金融面でのゆとりを背景に、大型の財政出動に繰り返し踏み切ることができた。この結果、中国経済はリーマン後、2桁台の高度経済成長を達成したのである。実際にこれらは国内に蓄積されたドルに裏打ちされた政策だった。ところが外貨準備は増えなくなり、2015年には総資産比で100%を割り込み、17年末には7割を切っている。中国国債を発行するためのドルの支えがもはやないというのが実情である。中国政府、地方を合わせた債務は、4000兆円にも上るという試算がある。中国のことだから精確な数字は出てこない。しかしここからさらに財政出動することは、容易ではない。中国の外貨準備高は、300兆円程度だと言われている。約100兆円は米国債であり、これはアメリカ側の発表もあり、信用のおける数値である。それを2割ほど売却する予定だという。実際に2020年9月中旬までに11兆円ほど売却している。日本勢やFRBが買い増しで購入しており、米国債の値崩れは起きていない。ところであとの200兆円がどのようなかたちの資金なのかがよくわからない。不動産なのか他国に貸したドル資産なのか、あるいは他国から借りたり、他国から投資された資金なのかよくわからないのである。為替取引に使える資金は、50兆円程度だとも言われている。はっきりしていることは外資の導入(外国からの投資)がなければ、この経済は回らない。そしておそらくこの投資の最大の金脈は、日本なのである。金融 香港は世界の国際金融センターの一つだった。香港には、「香港ドル」という固有の通貨がある。これは国家が発行した通貨ではない。中国の通貨は、元である。香港ドルは、実は銀行の商品であり、手持ちの米ドルやアメリカ国債を担保に発行されている通貨である。発行しているのは、中国銀行、香港上海銀行(HSBC)、スタンダード・チャータード銀行である。香港ドルは、米ドルに連動しており(ペッグ制)、中国で米ドルが必要になれば、元を香港ドルに換え、香港ドルを米ドルに換えることになる。元には、直接ドルペッグがない。どのように発行規模が大きく、形式的に国際通貨として認定されていても、国際的な決済ではほとんど使えない。元で決済されている国際取引は、1.6%程度だと言われている。それに対して、円は米ドルと無制限のスワップが結んであり、ユーロ、ポンド、スイス・フランと並んで無制限のドル変換が可能である。米ドルと無際限にスワップが結んである国や組織が、各地域の「ドルの代理店」のかたちをとっている。中国にとって国際取引では、米ドルとつながっていなければならない。中国にとっての香港の使い道、利用価値を考えてみると、一つは人民元の機軸通貨化に向けた人民元国際化推進の中心としての位置づけがある。中国はグローバル経済において基軸通貨を制するものが世界を制すると考え、人民元基軸化を野望として掲げている。ドル基軸で回るグローバル経済の中で中国がデカップリングされるならば、人民元機軸のグローバル経済を生み出せばよい、ということになる。香港のもう一つの活用法は、人民元が香港で自由に使えるようにすることである。実際、中国企業は、香港株式市場に次々と上場し、この株式は直接人民元で購入することができる。習近平の掲げる一帯一路、シルクロード経済一体化構想とは、人民元決済圏を想定した戦略である。だが人民元は、基軸通貨どころか、国際通貨としてもまだまだ駆け出しである。人民元の性格は、中国の通貨ではなく、精確には「中国共産党の通貨」である。国際基軸通貨の三条件である「国際社会への総合影響力」「国際貿易収支の大規模赤字」「安全安定の国際収支決済システム(たとえばSWIFTのような)と自由な金融市場の確立」のうち、どれにも目立った指標はでていない。石油決済も穀物決済も、基本的にはドルである。国際取引は、国際機関のような投票制ではない。投票で決めることのできる議決機関であれば、中国に賛成票を投じる国は、アフリカにもアジアにも数多く存在する。チャイナマネーに支えられている国は、中国の報復を懸念して賛成票を投じるのである。それを国際社会への総合影響力だと考えることはできない。また世界各国から製品を購入するだけの経済力は中国にはほとんどない。中国の基本的な生産体制は加工貿易であり、経済水準は、中所得国である。それが実態である。デジタル人民元でブロックチェーンを活用して、決済業務を行おうとしても、大口決済はほとんど無理である。デジタル人民元は、為替マーケットを利用した変動相場制になるのでなければ、中国が勝手にレートを決めることになる。外為市場のような仕組みがなければ、他国との変動する連動を作ることは難しい。自分で勝手に制御できる為替レートなど、誰にも信用できないのである。デジタル人民元を発行しても、それをドル変換できないのであれば、活用できる範囲は極端に狭い。
4 デカップリング
アメリカの中国への対応は、唐突と思われるほど、急速で一貫したものだった。人民解放軍のタカ派の論客からも驚きと後悔が漏れ出るほどのものだったのである。戴旭の思いを籠めた論文の要旨は以下のようなものである。中国は、アメリカをただ誤解していた。これほど一貫して中国に圧力をかけるとは思ってもおらず、用意もしていなかった。アメリカには多くの同盟国があり、同盟国も同調すれば、アメリカの圧力は数倍、数十倍になってしまう。中国国防大学戦略研究所の戴旭教授が2020年3月末に発表したこの演説は、評判になるほど話題になった。国防大学の教授の認識の水準が良くわかる講演である。それによれば第一に中国に対する米国の怨恨がこれほどまでに大きかったという驚きであり、第二に、米国のやり方が情け容赦のない非常に手厳しいものだったということであり、米国政府の中国バッシングが少しの談判の余裕も与えず、そして電撃的に行われるとは、中国官僚や専門家のほとんどが予測できなかったと戴旭は語っている。実際アメリカは、アジアにNATOが必要だと考えており、アメリカ、日本、オーストラリア、インドでの安全保障同盟(クワッド)を形成しようとしている。そしてこの4か国にさらにニュージランド、ベトナム、韓国を加えようという構想を進めている。これはアジア版NATO中国包囲網である。第三に、中国がこのように米国から抑圧と不利益を被っているにも関わらず、中国に同情や支持を示す国が一つもないという点である。多くの国々が米国の貿易政策に見かけ上反対しながらも、これによる最大被害者である中国の味方になって「反米戦線」を構築しようという国はない。中国は、ロシアやアフリカや南米に巨額の金融支援を行っている。だがそれが相手国にとっての支援になっていない可能性が高い。中国に多大な問題があることは、国際社会の共通認識である。だが誰も言わなかっただけである。第四に、中国バッシングのために米国国内が一糸乱れず統一戦線を構築した点である。米国の共和党と民主党は事あるごとに対立しながらも、中国に対する政策だけは完全に統一された立場を見せている。政党を超えて、ほぼ全会一致で各種「対中国制裁法案」は通っている。人民解放軍のタカ派の論客が、どれほど事態を楽観視していたかが良くわかる。相手から制裁や報復がない限り、自分のやっていることを相手も暗黙に承認していると思い込めるだけの「思い込みに満ちた楽観」に支えられたのが、中国共産党・人民解放軍である。それほどに、アメリカの対応は、一貫して、しかも加速度的だった。
2020年5月27日ウイグル人権法米下院本会議は2020年5月27日、中国新疆ウイグル自治区で少数民族ウイグル族への弾圧に関与した中国の当局者に制裁を科すように、トランプ政権に求める「ウイグル人権法案」を賛成多数で可決した。上院でも可決済みで、成立にはトランプ大統領の署名が必要になる。法案が成立すれば、米政府はまず弾圧や人権侵害に携わった人物のリストを180日以内に作って議会に報告する。次にこれらの人物を対象に、ビザ発給の停止や資産凍結などの制裁を科す内容だ。基本的にはグローバル・マグニツキー人権法に基づいて、中国共産党中央政治局委員であり、同自治区の党委員会書記でもある陳全国のほか、同自治区の現・元公安部ら計4人を対象に、米国内の資産を凍結し、米国企業との取引を禁止した。またウイグル人の強制労働を含むかたちで作られた製品を排除するだけではなく、そうした製品を作る企業とは、アメリカは取引を禁じるということになった。中国11社がリストに上がり、ウイグル人を使った部品生産で作られた部品を使っている中国内の日本企業でさえも対象となる。
2020年6月13日南シナ海領土主権を認めない2020年6月13日、ポンペオ国務長官は、「南シナ海における海洋権益主張に関する米国の立場」と題するブレス声明を発表した。中国の南シナ海での一方的な活動で困っているフィリピン、ベトナム、マレーシア、インドネシア及びブルネイ等ASEAN諸国とともに米国が同じ立場にあることを表明した。これらの地域は、国際仲裁裁判所によって、フィリピンのEEZないし大陸棚と認められたものである。この海域でのフィリピンの漁船に対する中国の嫌がらせや、中国の一方的な資源開発は違法である。国際仲裁裁判所の判決によれば、ミスチーフ環礁やセカンド・トーマス礁はフィリピンの主権及び管轄権の下にあり、中国の法的領有権も海洋権益もない。アメリカは、基本的に領土帰属問題については、「判断停止」を基本としてきた。領土の帰属についてアメリカは判断しないという立場である。尖閣諸島も、日本の領土なのか中国の領土なのかは判断しない。ただし一方的に領土主権を主張し実効支配することには反対してきた。この判断の延長上で、中国の南シナ海での主権は認められないと明言している。そしてここからさらに一歩立ち入ってアメリカは、国際仲裁裁判所の判決を支持し、ミスチーフ環礁やセカンド・トーマス礁はフィリピンの主権下にあると認めたのである。
2020年6月24日 人民解放軍関連企業リストアップ中国企業のうち人民解放軍と関連するもの20社を、アメリカ政府はリストアップした。「国防権限法」に基づく措置である。米国防総省は、国防権限法に基づき、「中国軍に所有又は管理されている中国企業 」20 社のリストを作成して、米国議会に送付・公開した。
中国航空工業集団有限公司(AVIC.)/中国航天科技集団有限公司(CASC)中国航天科工集団有限公司(CASIC)/中国電子科技集団有限公司(CETC)中国兵器装備集団有限公司(CSGC.)/中国兵器工業集団有限公司(Norinco Group)中国船舶重工集団有限公司(CSIC)/中国船舶工業集団有限公司(CSSC)/ファーウェイ/ハイクビジョン/浪潮集団有限公司(Inspur Group)曙光信息産業股份有限公司(Sugon)/チャイナモバイル/チャイナテレコム熊猫電子集団/中国広核集団有限公司/中国核工業集団有限公司(CNNC)中国航空発動機集団有限公司/中国鉄道建築集団有限公司CRRC Corp(中国中車集団有限公司 又は中国中車股份有限公司)
これらの企業は、中国国家もしくは人民解放軍と結びついているために、輸出規制がかかることになる。アメリカで作られた技術応用部品が25%以上含まれた製品をこれらの企業に販売してはならないという指定である。これはアメリカ企業だけの問題ではなく、日本で作られている製品でもアメリカ由来の技術部品が25%以上含まれていれば、これらの20社に売ってはいけないことになる。これをやぶればアメリカからの制裁対象となる。チャイナモバイルは、日本で言えばドコモであり、チャイナテレコムは日本で言えばNTTである。このリストには多くの主要企業が含まれている。
2020年7月14日 香港自治法香港自治法は7月14日にトランプ米大統領が署名し、成立した。香港自治法は2つの段階からなる。第1段階は、「一国二制度」で認められた香港の自由や自治を侵害した人物や団体に制裁を科すことであり、第2段階は、そうした個人や法人と取引がある金融機関を、米ドルの決済システムから締め出すというものである。個人や団体への制裁は、米国入国ビザの発給停止と、米国内にある資産の凍結である。国務省が90日以内に制裁対象者リストをつくる。さらに国務省が制裁対象者リストを最終作成した後30日から60日以内に、財務省が制裁対象者と「かなりの額の送金」業務を行った金融機関を、制裁対象と決める。制裁内容は、アメリカ金融機関からの融資・米国債の入札・外国為替取引・貿易決済の禁止、資産の移動禁止、商品・ソフトウエア・技術の輸出制限、幹部の国外追放等である。特に外国為替取引、貿易決済の禁止はドル決済を禁じるものであり、ドル金融システムからの追放を意味する。ドル決済は、ニューヨーク連銀など米国の金融機関を通過することから米国の管轄権の下にあるため、どこの国の銀行であろうとも、米法の適用を受ける。こうしたドル制裁を米国は、北朝鮮、イランやベネズエラなどに対して発動してきたが、中国のような経済大国の取引に関連して発動するのは初めてである。制裁対象は、米中だけでなく日本を含めて世界中の金融機関である。香港はアジアの金融センターであり中国マネーの窓口であり、先進各国の主要銀行は支店を置いている。(中国が7月1日に実施した香港国家安全維持法は、香港の中国本土への合併だが、同時に中国は、アメリカの5つの人権団体への制裁を発動している。「ヒューマン・ライト・ウオッチ」「フリーダム・ハウス」「全米民主主義基金」「共和政治国際研究所」「国民民主研究所」であり、いずれも中国の体制転覆を図る組織という認定である)。
2020年8月5日 クリーンネットワーク提唱アメリカのマイク・ポンペオ国務長官は8月5日(現地時間)、アメリカの通信ネットワークから中国の影響力を排除する「クリーンネットワーク」という構想を発表した。TikTokなどの中国製のスマホアプリを利用できなくするほか、中国企業のクラウド事業を制限することを発表した。ポンペオは、「アメリカの最も機密性の高い情報を中国共産党の監視状態から保護することにより、クリーンネットワークを拡大している」と述べている。クリーンネットワークは「中国共産党などの悪意のある攻撃者による攻撃から市民のプライバシーと企業の機密情報を守るトランプ政権の包括的なアプローチ」だとしている。そこには5つの取り組みがある。(1)クリーンキャリア 中国の「信頼できない通信キャリア」をアメリカの通信ネットワークに接続させない。(2)クリーンストア アメリカのアプリストアから中国製などの「信頼できないアプリ」を排除する。(3)クリーンアップス ファーウェイなど「信頼できない中国のスマホメーカー」の製品では、アメリカ製アプリを利用できなくさせる。(4)クリーンクラウド アリババ、バイドゥ、テンセントなどの中国企業が、アメリカのクラウドにアクセスするのを防ぐ。(5)クリーンケーブル 中国と各国のインターネットをつなぐ海底ケーブルが、中国共産党の情報収集に使われないようにする。実際に香港からロサンゼルスまでをつなぐ新設の光ファイバーの大容量ケーブルは、台湾からチリへと経路変更され、中国の関与を断ち切ってしまった。
2020年8月7日 香港自治法発動 香港人権抑圧に関与した香港トップ11人を制裁対象とした。行政長官キャリー・ラム以下11名である。米国は香港人権法、香港自治法に違反したとして、香港政府関係者11名を金融制裁の対象にした。香港自治法では、当該人物の銀行口座を保有する銀行と銀行役員(個人)も制裁対象としており、30日以上60日以内に制裁を掛けるとしている。この期間までに、銀行口座を凍結又は廃止しないと、当該銀行及び銀行役員も制裁対象になる。この11名はアメリカ政府の「特別制裁リスト」に載っている。かつてビンラディンが載っていたリストである。ここに掲載されれば、一切のアメリカの銀行との取引は停止され、また中国の銀行もこのリストに載っているものと取引をすれば、銀行自体が取引停止となるので、銀行口座の洗い出しを進めている。銀行自体がアメリカ商務省の制裁リストに載れば、ドル決済は一切できなくなるので、銀行にとっても容易な事態ではない。銀行も見落としがあれば、アメリカの制裁対象となるので、銀行頭取をはじめとする企業の経営陣も制裁を受け、銀行から排除されることになり、頭取も自分の銀行から自分の給与支払いを受けられなくなる。アメリカによる銀行の制裁に従わないのは、イランと北朝鮮の銀行ぐらいだろうから、このリストに揚げられれば、もはや銀行口座の利用も難しくなる。
2020年8月7日 Wechat使用禁止大統領令で、Wechatの使用禁止命令が署名された。中国式のアプリにはバックドアが付けられており、使用した人の個人情報が中国共産党に送られる仕組みだから、安全保障上の脅威、懸念があることは間違いない。テンセントには会社内に共産党委員会が設けられており、社内に8000人もの党員が在籍すると言われている。
2020年8月10日アメリカのアレックス・アザー厚生省長官が、台湾を訪問した。中国は、台湾が中国の一部である以上、国家としての交流は行わないことを各国に求めている。多くの国は、中国の言い分を理解し、尊重してきたが、香港を50年間一国二制度で運営するという国際的な約束を一方的に中国が解消したのだから、それ以外の「実質合意事項」を守らなければならない理由はもはやない。しかも中国が香港についで、台湾を統合する動きを見せるという予測は、国際常識である。
2020年8月14日 TikTok使用禁止トランプ米大統領は8月14日、中国のバイトダンスに米国のTikTok事業を90日以内に売却またはスピンオフすることを強制する大統領令に署名した。この大統領令でトランプは、バイトダンスは、米国の国家安全保障を損なう恐れのある行動を取るかもしれないと確信する証拠があるとしている。
2020年8月15日 孔子学院の外交機関指定今後、アメリカの孔子学院に関与する人たち、教員、職員、学生等々は、外交機関従事者と同じように、届け出を行い、審査されて通過しなければ入国ができない。情報収集機関として機能しているのだから、当然の審査である。スウェーデンにも多くの孔子学院があるが、すべて廃止されている。諜報活動は、文化交流活動ではない。
2020年8月17日 国防権限法による中国企業5社と取引のある企業の米政府との取引禁止が出された。トランプ政権は、全ての中国共産党員と家族による米国への渡航禁止を検討していると米メディアが報じた。8月には通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)など、中国企業5社の製品を使う企業が米政府と取引することを禁じる法律も施行される。企業は8月13日までに同法889条に従う必要があり、航空宇宙やテクノロジー、自動車製造のほか10余りの業界が、修正や適用先送りに向けロビー活動を展開している。ブルームバーグ・ガバメントの集計によると、昨年は10万社余りが米政府に直接、5980億ドル(約64兆円)相当の物品・サービスを提供した。889条は、企業に対し、米政府への販売を担う事業の一部だけではなく、自社のグローバルサプライチェーン全体がファーウェイや中興通訊(ZTE)、杭州海康威視数字技術(ハイクビジョン)など中国監視機器メーカーの製品を使用していないことを証明することを義務付けている。
2020年8月26日 国防権限法による ポンペオ米国務長官は26日、中国による南シナ海の埋め立てや軍事拠点化などに関与した中国人に対してビザ(査証)制限を実施すると発表した。ポンペオは声明で、中国政府は2013年以降、国営企業を使い、南シナ海の係争地で約1200ヘクタール以上を埋め立て、「地域を不安定化させている」と非難した。その上で「米国は、中国が南シナ海での威圧的行動を中止するまで行動する」と警告した。これに関連して米商務省も、米国企業からの製品輸出を禁じる海外企業リストに、中国企業24社を加えると発表した。国営企業「中国交通建設」の子会社など建設、通信、造船など幅広い業種が含まれる。そのなかにはさらに「中国電子科技集団」、「広州海格通信集団」が含まれる。
2020年8月30日チェコの上院議長ビストルチルが、総勢90人の訪問団とともに台湾を訪れ、9月1日には台湾立法院議会で演説を行った。中国は強く反発したが、いつものように見え透いたものである。しかしこの傾向は、台湾を独立の地域として認定する可能性を含むもので、中国が国際的な約束を守らない以上、中国に過大な配慮をしてはいけないという態度表明でもある。
中国にとっては激動の数カ月だった。アメリカもここまでやるのかという部分が含まれている。だが、ここまでしなければ通じない事案があることも事実である。習近平指導部は、アメリカがデカップリングを仕掛けてくるのであれば、中国は毛沢東譲りの「後退戦」を行い、「内部循環」に力点を置くと、繰り返し述べている。内部循環とは内需経済のことである。共産党中央は、経済のことが本当に分かっているのかと、思わざるをえない。内需経済を実行するためには、国民の購買力が上がっていなければならない。要するに各企業での給与支払いが順調に伸び、国民所得があがり、各家庭での可処分所得が増えることである。それによって消費が進むことになる。これが有効に機能するのは、国内に分厚い中間層が形成され、消費が活発になることである。他面、各企業は給与支払いを増やせば、製品価格に転嫁しなければならず、製品は高額になり、安いから売れるという状態を維持することは難しくなる。内需経済は、基本的には、高付加価値製品の生産と対になるのでなければ、実行できはしない。習近平の内需経済とは、「中所得国の罠」に陥ることである。アメリカをはじめとする外圧をかわすために内需経済を持ち出すことは、筋違いである。かりに中国人に中国製の製品を買うように促すのであれば、外圧に負けないようにそうするのではなく、やるべきことは一つであり、理由も一つである。それは多くの中国国民が、中国製品が良い製品だから買う場合である。そしてこれは国内でも爆買いできるほどの製品が国内に揃っていることを意味する。工夫に工夫を重ねて良い製品を作ることは、値段を下げて世界中に売ることとも、物真似のような製品を作ることとは異なる。各企業の収益は、不動産や海外企業の買収だけではなく、研究開発に向けなければならない。そしてそれは、十分に時間のかかる作業である。中国が良い製品を開発し、犯罪にかかわらないのであれば、そのための良い素材や良い部品が必要となる。それに協力できる企業は、日本にも欧米にもたくさんある。中国の輸出製品が安い理由は、かなり見えやすいところにある。開発部門の多くを模倣によって置き換え、必要であれば知財を盗んでくる。生産工程では、可能な限り労賃を安くする。そのための農民工を大量に用意できる。そして労働環境を改善せず、生活環境を改善しないという、誰にとっても利益にならない事態を放置する。この三点セットが長期間持続できるとは、とても思えないのである。外圧に抗するために中国が内需経済に戻るのであれば、多くの外資系企業は、中国に工場を置く必要も、理由もなくなる。たとえば日本企業は、工場をインドにもタイにもベトナムにも置くことができる。日本製の部品は、中国ではなくそれらの国に輸出すればよいのだから、日本からの輸出総額には変化がない。中国国内で消費される分は、中国に置いてある工場で生産すればよい。日本の企業から見れば、選択肢が増えただけである。ただし中国総体では、中国からの輸出比率の高い外資系の企業の一部は撤退していくので、その分だけ国内総生産の伸び率は縮小する。アメリカによる中国のデカップリングがどこを狙っているかは、明白である。中国共産党と中国国民を区分し、中国共産党・人民解放軍と関連のある企業とは、取引を遮断する。中国国内の企業は、中国共産党とは縁を切ったほうが有利であるという状況を作り出す。これは「中国」を再定義することである。中国国民の人権侵害にかかわるものたちには、アメリカの法に従って、制裁を科す。チベット、ウイグル、モンゴルでの人権侵害については、内政干渉ではない。干渉されているのは中国共産党であって、人権擁護は中国国民さらには中国そのもののためである。中国共産党・人民解放軍は、相手が放置すれば、「相手の承認」があるものだと勝手にすり替える仕組みをもっている。だからダメなものはダメだと言い続け、必要があれば実力行使はいつでも可能であると示し続ける。南シナ海を、自由で開かれたインド・太平洋構想の一環だとすれば、勝手な実効支配は認められるものではない。すくなくとも中国共産党・人民解放軍は、国際法や国際的な判定に従わなければならない。さらにたとえば中国が台湾を統一したいと考えるのであれば、台湾自身が中国と連邦制でつながっていくことが望ましいと考えるような「魅力的な国」になればよいのである。現在の中国の一部になりたいと長期戦略で考えるような国や地域は、地球上をさがしてもほとんど見当たらない。現在の中国の同盟国になりたいと思う国もほとんどない。北朝鮮とフン・センのカンボジアは実質的な同盟国かもしれないが、いずれも中国にとってさえ重荷である。台湾の未来は、本来台湾自身が決めることであり、中国が「一国制」を維持するためには、台湾と同程度の経済と社会と国際的な評価を得ればよいのである。中国は、南シナ海で国境をどんどんと変更している。それは「一国制」の意味を中国自身が変え続けることでもある。そうした場面で、台湾に対してだけ、中国の言う「一国制」を認めろと、他国や国際社会に主張するのは、筋が通らない。「一国制」の意味を変更すれば、一国制そのものが変質してしまう。これに関連して、中国共産党当局のプロパガンダは、つねに稜線を綱渡りしている。中国の言い分はわかるが、聞く必要もない、というのが「稜線」の意味である。チェコの上院議長が台湾を訪問したことを、中国は14億人を敵に回すことだと、王毅や管制報道官は言う。いつもの論法で、言いたいことはわかるが、ほとんど効果がないだけではなく、言葉による脅しや報復的発言は、すでに逆効果である。「稜線の綱渡り」は、言ってみただけを超えて、さらに、なくてもすむ敵を作り出していく。これらの基準でネットワークを形成すれば、おのずと対中国ネットワークの輪郭は見えてくる。中国国内の中小民営企業も、このネットワークに入ってくる。中国共産党も指導部を変え体質を変えれば、このネットワークに入ってくる。ここで行われていることはネットワークを切り替えるのであって、ネットワークの作動の境界線を再度リセットしていくのである。これこそ中国の再定義である。他方、高付加価値製品は、技術革新によってしかもたらされない。技術革新は、小さな工夫の積み重ねがどこかで不連続な飛躍を引き起こすことである。半導体は、どのような機械にも部分的に組み込まれる基幹的な技術だが、この分野は世界的な競争がもっとも激しい領域でもある。情報の盗み取りやデータの改竄をやめて、自前で世界企業を作ろうとすれば、膨大な研鑽が必要となる。情報管理技術として、半導体製品を作るのであれば、それは多くの場合魅力のあるものにはならない。たとえば5Gは、二車線の高速道路に代えて、片側100車線の高速道路を作るようなものである。最初の2、3度は驚きではあるが、ただちに慣れてごく普通の道具に戻る。量で圧倒する世界は、ほとんどが予想範囲内にある。情報は短期的に新たな現実性を作り出しているように見えるが、それはただちに更新される現実性でもある。私は個人的には、情報産業はイノヴェーションの幅が小さいと考えている。情報は、車の一部作動回路にも、新幹線の作動回路にも含まれるが、基本的には「調整技術」であって、「駆動力」そのものではない。情報は単純で量を処理できるために、有用に見られるが、いずれも見え透いている。量の拡大で到達できる革新は、またたくまに限界に当たる。中国は、情報を国民の監視に活用しようとしている。監視のための制御に向いているのが、情報である。そのとき情報は、中国国民ではなく、中国共産党にとってだけ有用なのである。統制された情報は、情報が本来備えてよい多様性さえ放棄している。これは情報ではなく、管理技術にすぎない。しかも顔認証のような制御情報は、個々人でもダウンロードもしくは盗み取りができるようで、顔認証情報をいくつか集めて、街中で通行人に売るというような商売をやるものたちがいる。「五毛商売」という情報ネットワークの寄生虫のような仕事が実際生まれている。ロボットは、これとはまったく異なる。労働そのものの形態を変えるからである。中国ではまもなく生産人口が減っていく。この生産人口の減少に対応するだけの技術革新が必要となる。それはおそらく情報技術ではない。ガンダムのようなロボットが、前向きの宙返りをすれば、そのまま車の車体となる。そんな中国の展示は、孫悟空のようなファンタジーには溢れているが、実務的で高度な技能を実行するためには、細部での多くの工夫が必要である。介護ロボット、医療用ロボット、製造用ロボット、物流ロボット等々の部品や設計の多くの特許は、日本製である。かつて粘着性のある泥水の石油を資源化したとき、燃料としてもナイロンのような人工繊維の素材としても、多くの転用可能な応用領域を開発できた。これに対して情報技術は、見かけ上華々しいが、応用可能性の範囲が狭い。短期的に利益になるものは短期的に終わる。ただちに利益とは結びつかないが、それでも世界のためにやっておくべき課題が、中国にはいくつもある。たとえば二酸化炭素の排出量を減らすための技術革新である。アメリカの二倍ほどの大量の二酸化炭素を中国が放出していることは、紛れもない事実である。世界最大の二酸化炭素排出国である。エネルギー政策で見れば、「水素エネルギー」のような人類の未来をかけるようなテーマはいくらでもある。蓄電性の良い軽量リチウム電池の開発もこれからの部分が大きい。またプラスティック・ゴミの削減を一貫して進めなければ、中国由来のゴミが海を覆ってしまう。世界中の良質の水の確保や食糧生産の技術も、今後の課題になってくる。世界人類のために実行できることは、中国のための制御変数を拡大することとは異なる。世界人類のためになることが、再帰的に中国自身の発展に寄与するような仕組みを作り上げることができれば、中国は制御変数の拡大とは別の仕方で、システムを動かすことができる。「核心的決定変数」という19世紀的な仕組みは、もうあっさりと捨ててよい時期である。中国共産党がときとして持ち出す「地球運命共同体」という語と「中華民族の夢」という語は、本来整合的ではない。地球全体は、民族とは独立の水準にある。各地域で固有の文明と固有の文化を創り出すことが、地球運命共同体の展開しながら多様化する在り方であり、それは中華民族が世界を制覇するような方向で、中国モデルを世界中で応用することではない。また「持続可能なモデル」を提示していくことも、中国にとっては不可欠である。投資、開発は持続的な展開可能性をもたなければならず、中国の経済成長とも、中国の制御範囲の拡張とも、独立の問題である。多元的システムの開発は、中国共産党の体質を少しだけ変更すれば、両立可能なのである。中枢制御だけでは、システムそのものに本来備わる多様性へ向かう持続的な展開可能性に対応することはできない。中国共産党の最高責任者は、核心的な決定変数ではない。むしろシステムの作動の結果に対して責任を負い、責任を取るべき主体が、システムの核心である。それは司令塔ではなく、ネットワークの総体に対して責任を取るべき、ボトム・ラインの存在なのである。そうなったとき中国は、みずからで、自分自身を「再定義」することができるはずである。
<参考文献>
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(2020年9月30日)