精神療法はどこへ向かっているのか
河本英夫(東洋大学文学部)
新宮一成さんの今回の議論は、感情・情動の記憶の組織化の問題にかかわっているように見える。そしてそこで出現する固有に組織化される「知」にかかわっているように見える。1960年代から多くの領域でかつ広範に展開された自己組織化の議論をつうじて、私や花村誠一さんは、「システム的精神病理」が成立するだろうという予想を抱いていた。同時期に故ブランケンブルクやチョムピも類似した構想を手掛けていたのである。こうした流れは、精神分析に導入されることはほとんどなかった。唯一、十川幸司さんの精神分析のシステム的再編を除いて、見るべきほどの展開を見せてこなかったのである。精神分析には、構造論的な言語モデルと生物学的な還元主義という二つの大きな柱がある。ところが自己組織化やそれの発展形であるオートポイエーシスの議論が示したのは、システムは固有にみずからを形成し、同時にそれとしてみずからをモデルとして仕上げていくという仕組みのもとで、多種多様な展開の可能性の回路がありうるという事態である。構造論的な一つのモデルに集約するのではなく、むしろそれじたいで展開可能性のあるモデル設定とともに、患者や治療者の経験そのものを形成するような仕組みを構想しようとしていたのである。
感情や情動の記憶は、認知科学的にはいまだ仕組みが明らかになっていない。記憶には砂漠の暑さのような宣言記憶(表象できる記憶)と自転車の乗り方のような非宣言記憶(表象できない記憶)が、典型的な二つのモードとしてある。ところが感情や情動の記憶は、このいずれでもない。そもそも感情や情動は、直接的な表象にはならない。眼前に私の喜びや悲しみが直接見えたりはしない。ところがある表象や知覚事実に付帯して、感情・情動は個々の内容以上に強烈な経験であることがあり、知覚や表象の形成にいまだ仕組みのよく分からない仕方で関与している。昨日の夕食の楽しかった風景を想起すると、特定の表象とともにあのときの楽しさの感触は蘇ってくる。だが楽しさそのものが想起されるのではなく、その楽しさの感触ともに、再度「いま」もう一度楽しいのである。この楽しさは再度いま増幅されることもあれば、度合いを弱めて程よく感じられることもある。しかも表象と感情・情動は付帯的に連動するだけで必然的な結びつきはない。異なる表象に類同した感情・情動が付帯して想起されることもあり、その表象が何度も反復されることもある。記憶された感情・情動の組織化が、どのように進むかは現在でも謎に満ちている。この謎の領域にいくぶんか手掛かりをあたえてくれるのが、今回新宮一成さんが取り上げたフロイトの「事後性」である。
ここには大別して二つのモードがある。一つは幼少期の体験が、別の体験をきっかけとして、一連の感情価を帯びた表象となり、隣接領域での身体的不具合まで形成されてしまうというものである。ここには過去の経験とその蓄積、現在でのきっかけ、それらの感情価の変化、隣接領域での連動の4つの変数をともなう組織化が行われているように見える。これらの4つの変数は、可能性としては膨大な変化の余地があるが、感情価の変化が病理として発現するという仕組みとして述べられている。幼少期にささやかであった体験が、ある時期のある出来事や経験をきっかけとして再組織化され、別の感情価をもつ経験の作動へと変化し、本人自身にとっての病態となる。これを因果関係に転換したとき、過去のあのささやかな体験が、はじめて過去での原因となる以上、実際には過去への投射が起きている。こうしたことが「事後性」ということの内容である。もう一つのモードは、治療プロセスとの関連で語られるもので、現在の治療は過去のリビドーの鬱積を解除し、別の事態へと誘導する以上、過去そのものを再編するということを含んで、現在の経験を再組織化している。そのため治療そのものが過去の別様の形成であることになる。これが同じ語で事後性と呼ばれる。ここでも治療効果の過去への投射がなされている。ここに含まれているのは、過去での感情価をともなうリビドーの蓄積、現在の治療的介入、感情価の変更、隣接する連動領域での変化の4つの変数であり、変数は同じであるが、リビドーの解除と感情価の変更、隣接領域での再編が、経験の作動の好転方向に向いているだけである。4つの変数という点では、二つのモードは同じものであり、逆に経験の再組織化そのもののタイプが異なり、まったく病理的ではなかった経験が病態化したり、潜在的に病理的なものが解除されたりする。フロイトやラカンの記述からすれば、こうしたシステム的な分析は、過度にすっきりしてみえる。それはこうした分析手法では、感情や情動のもつれという解きほぐしにくいものが一つの変数に帰着されてしまっているからであり、また逆に精神分析がそのもつれにどこまでも随伴的に関与し続けようとし、そのさいの実際に大変な経験をさらに過度に自分自身に対して重要視するからである。
こうした設定のなかにも、自己組織化に特有のシステム的作動の未決定さが含まれてしまう。軽微な病態に対して治療的介入を行えば、まさにそれ自体によって、ささやかな経験を不釣り合いなほど病態化してしまうこともあり、鬱積したリビドーを慢性病態へと組織化することもある。これらは事後性とは言えないが、にもかかわらずシステムの本性として起こりうるのである。もちろん鬱積したリビドーを病態化させることなく、別の事態へと再組織化(昇華)させることもできれば、ささやかなきっかけをつうじて過去をさらに劇的にしてしまい、倒錯へと誘導することもある。システム的分析は、多様に現実化される多くの回路に開かれていることが特徴であって、構造的な枠内に収めようとはしないのである。さらに脳神経科学や認知科学の成果を積極的に活用できるという利点がある。そのとき新宮さんの前半の議論である「知ること」は、必ずしも一義絵的な効果をもつとは言えず、また必ずしもそれじたい良好な効果が期待できるというものでもないことになる。
象徴と呼ばれているものは、基本的にはイメージのことである。原型的なイメージから想起イメージまで幅広いイメージある。感情や情動は、それじたい形をもたないのだから、さまざまなイメージと連動させることができる。イメージ形成やイメージの連動をつうじた経験の作動は、予期不可能な動きをすることがあり、ラカンの言う通り、効果が強すぎる場面がある。それは想定外のところまで経験を動かしてしまうのである。感情や情動をイメージと連動させることは、経験の作動の変数を一つ増やすことであり、それは基本的に「知らないものを知る」というような働きではない。もちろんそうした面があることは否定できないし、否定すべきものでもない。だが知ることは、多くの場合、みずからを裁くことにつながり、より強固に病態を安定化させることもある。知ること以上に転機になるのは、イメージと連動させることによって、固着していた経験を別様の作動の回路へと誘導できることである。感情・情動とイメージとの連動の形成は、それじたい遂行的行為であって、まさにそれをつうじて経験を動かしているのであり、知ることや意識化すること以上のことを行っていると考えられる。人間の行為をつうじて意識化されないまま形成されるさまざまな形成物を、レヴィ=ストロースは「構造」だと呼んだ。そのさい構造を意識化することが主要な学的手法となった。だがさらに構造は変わりうるのである。そうでなければ患者が医師から自立していくことさえ難しくなってしまう。それは知ること以上に、別様に経験を形成することによってである。システム的精神病理は、およそそうした進み方をするのであって、この仕組みは、精神病の場面でさらに明確になると思われる。
花村誠一さんが、特異な能力を備えた治療者であり、ある種の名人芸を実行できる治療者であることは、私自身何度も書いてきたし、また事実そうであると思う。ただ花村さんの治療のエッセンスを明確に語ることは、いまだ実行できていないように思われる。そのさいに問題になるのは、事柄として明示できない事象にかかわってしまっているのか、それとも治療技法と表現方法とが齟齬をきたしてしまっているのか、さらには表現方法に花村さん特有の制約がかかってしまっているのか、というような問いが生じることである。事柄として表現が困難である場合には、総力を挙げてそれを明示できる回路を探し出さねばならず、表現方法と治療技法が不具合を起こしているだけであれば、最も適切な表現の道具立てを探し出さなければならないと思う。
花村誠一さんの固有の語の一つが、「強度」である。強度は、治療の技法として花村さんの治療の固有性を規定している。治療者としての花村さんの初期の場面では、もちろん強度という語は使わず、にもかかわらず経験の内実としては「あるもの」をはっきり掴んでいた。花村さんの「強度」は、著書や翻訳から学んだものではなく、臨床の場面で掴んでいたものである。後になって、1990年代に日本でポスト・モダンが流行したとき、そのなかにドゥルーズが含まれていた。ことに『意味の論理学』には、花村さんの症例に類似した事例が夥しく含まれていた。「五の夜は、一つの夜より、五倍暑い」や「食事について言葉で語ることと言葉を食べることは等しい」というような典型的な事例が、『意味の論理学』には出てくる。これらの文章は、文法的には破格ではない。主語-述語関係はまったく精確である。また新たな造語がなされているわけではない。言語新作は行われていない。そのため一般に言われる、「言葉のサラダ」ではない。だが奇妙な経験の動きをしている。無理に作りだした表現ではなく、おのずと出てくるように言表された言語表現である。この経験の動きを、患者の経験の作動のモードとからめて、一つのまとまりのあるものとして、花村さんは感覚的確信をもって感じ取っていた。そのまとまりに張り付けられた用語が「強度」である。
強度という語がドゥルーズとともに日本に入ってきたとき、いつものように日本人の勤勉さで、その語の意味を知ろうと、夥しいほどの解説文が書かれた。ところがそれらは意味を解説するだけで、どのような経験に対応するのかを明示できる文章はまったくなかった。つまりすべて間違っていたのである。当時花村さんだけが、日本で唯一人、強度を経験から掴んでいたのである。花村さん本人は、それを意味づけるための少なくない勉強もしていた。
強度は一般に、内包量である。それは外延と内包を活用するアリストテレス論理学で使用された。人間の内包は、「理性的であること」であり、人間の外延は個々の人間の集合である。この集合の範囲を決めるさいに、内包が基準として使用される。こうした場面でも問題は数々起きた。たとえば理性がいまだあるとは思えない幼児は、人間ではないのかというような問題が起きた。中世の半ばになって、ドゥンス・スコゥトスは、同じ語の意味合いを変えてしまう。外延は、測定できるものであり、測度である。科学的に計量できるものは、すべて外延となる。これに対して計測できるわけではないが、紛れもなく度合いの違いを感じ取れるものがある。これが強度である。一般に科学は、強度として捉えられたものを測度に転換していく制度的な装置である。科学が進めば、外延的に処理可能な経験が増えていく。だが強度としての経験はどの時代にも膨大な事柄として残り、それは哲学と芸術の創意工夫のまたとない場所となったのである。
たとえば今、円、直角三角形、四角形、五角形、六角形と幾何学図形を並べてみる。カレーライスの味は、どれに近いかという問いを出してみる。幾何学図形と味は質が異なるのだから、必然的につながるものは何もない。質とは共通の座標軸がないことの別名だからである。ところがカレーライスの味は、どの図形に近いかという問いは成立している。個々人にとって、より近いものとより遠いものは、感覚的確信としてわかっている。円を選ぶもの、直角三角形を選ぶもの、五角形を選ぶもののように、個々人で違いはあるが、それぞれの経験では近さ、遠さははっきりと感じ分けられている。ところで何が近かったり遠かったりするのだろうか。その何に相当する座標軸がないのである。少なくとも現在の科学技術の水準では、それを確定することができない。そのため個人差がでることは必然である。いま近い、遠いという感覚的確信だけで、語の接続を行ってみる。すると文法を維持したまま、しかも語を新作することなく、新たな語の接続がいくらでもできることがわかる。強度の領域が広大であることがわかる。花村さんの場合には、物事の「不連続な発現」にかかわる事態には、何でも「強度だ」だと言っていた記憶がある。不連続な発現とは、一般には変化率のことであり、変化率には度合いがあり、度合いの変動がある。
そしてさらに近さ、遠さの経験が経験の動きと連動して、リズム性と運動性をもって変動していく場面を想定する。ここに変動しながらかつそのつどみずから個体化する経験が出現する。花村誠一さんは、統合失調症の緊張病性の病態にこうした経験の変動を見出し、それにみずからの経験を同期させて、患者の経験を誘導する特殊な技法を自分で編み出していた。この経験の同期が「強度の共振」と呼ばれる。強度性は世界や言語に対しては、近さと遠さの現象学的変動としてあり、経験の作動としては、そのつど変動していく「差異と反復」としてある。強度の共振は、強度を認知して、その後それに合わせて共振や変動が起こる、というようなものではない。ここには経験がまさに作動しながら、行為として認知をすでに行っている経験の層がある。これじたいは「認知行為」とでも呼ぶ以外にはない、固有の経験の層を言い当てたものである。これは実際、ニューヨーク在住の世界的アーティスト、故荒川修作の「ランディング・サイト」と並ぶ、二〇世紀後半になされた重要な発見の一つである。
こうした経験を明示的に語るためには、経験が生きていることと地続きであるような現象学的考察方法を開発しなければならなかった。フッサールでもメルロ=ポンティでもアンリでも足りていない。新たに体験レベルに届かせ、かつシステム的な作動を内的に組み込んだ現象学を開発する必要があった。これは相当荷の重い課題である。現象学的探求の限界で現象学を見切ったドゥルーズの経験の場所で、さらに新たな現象学を展開する必要があった。これは分析哲学という哲学の手法からは、ほとんど届き得ない体験の層である。つまり花村さんは、みずからの到達した経験と、それを解明し考察するための学的手段が、齟齬をきたしていた。強度の共振は、事柄としてそもそも語りにくい事象である。しかも花村さんの持ち合わせた表現技法からは、そもそもその事象に届かせようがなかった。こうした齟齬を抱えたまま、原稿が書けず、締め切りには間に合わないという事態が、延々と続いた。それが実情に近い。つまりいまだこの療法は個人的コツに留まったのである。現象学の研究者は、日本には山のようにいる。彼らは文献を読んで解説すればよいのである。しかし現象学を実行しながら前に進んで行ける現象学者は、新田義弘をはじめとしてごく少数である。こうしたごく少数の人たちと直接接することではじめて獲得できる現象学的経験の場所がある。それをつうじてしか獲得できない記述の場所がある。だが花村さんは、大発見を手にしながら、そこからの展開を事実上、課題として投げ出してしまったのである。
強度の共振のレベルで、離人症には、触覚性体性感覚変容があり、分裂性妄想には不連続な感覚的確信があり、夢幻性様態には由来の不明な世界変容がある。体性感覚変容では、触覚に特有な潜在化-顕在化の変動が失われ、分裂性妄想では、確信そのものの振れ幅の変動の可能性が失われ、夢幻様態では世界の強度的距離の変動が失われている。当面花村さんの残した課題は、膨大でありかつ根が深いのである。