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経験の可能性の拡張とレジリアンス

河本英夫

はじめに

レジリアンスのなかには、大別して病的素因、環境条件に対しての「抵抗性」があること、ひとたび軽度病的変容に陥ったとしても、慢性化せず「回復」への回路をもちうること、重度の病的変容が起きたとしても、それじたいを再組織化して別様の状態に向かうことができるほどの「可塑性」をもつことが内容になっていると思われる。これらは一般に均衡逸脱からの回復性、変容からの再組織化、構造的組み替えをみずから引き起こしうるほどの再構築性だと整理することができる。[8,9]するとシステム(患者本人)の特質として、自己組織化の議論から取りだしうる機構と、内容上はほぼ重なる。レジリアンスは見かけ上、病因論的な「脆弱性」に対して、治癒論的な「抵抗力」「回復力」を対置しているように見える。だが、実際には病因論的な因果関係に代えて、より高次の自己組織化的なシステムの機構の導入になっている。つまりレジリアンスはシステム的病理学の概念であり、病理の構想そのものの刷新を図るものである。そこで経験そのものの自己組織化の仕組みを考察するなかで、レジリアンスの内実を詰めてみる。

1 自己組織化とレジリアンス

 レジリアンスに関連すると思われる事象を整理していくために、自然科学から事例を取り上げていく。どのような環境の変化があろうと、それに対して平衡点を移動させ、対処し、自己を維持する場面がある。こうした対応は動的平衡システムには広範囲に見られる。環境温度が上がれば、生体は発汗し体温の維持を行う。血糖値が下がれば、肝臓でグリコーゲンを分解し、血糖値の維持を行う。この場合の自己は、一定範囲の弾力性に富んでおり、少々の変化に対しては、「自己自身の内部の変数」を変動させることで、自己維持を行う。また形状記憶シャツのような場合には、一度水に浸すという操作を加えると、元の形状がおのずと出現する性質がある。シャツの形状はさまざまでありえ、使い方によってはグチャグチャにもなるが、ある条件下に置くと当初の形状が再現される。基本形について自己維持されている局面である。さらに技術的には、割れないガラスを作ることができる。変形はするが破損しないガラスや、ひびは入っても破損しないガラスを作ることはできる。実際自動車のフロントガラスは、大きめの石が当たりぐしゃっと変形しても、断片化しない性質を備えた素材を使っていることが多い。また車体では、小石が当たって傷が付いたとしても、自己修復できる性質の備わった合金も作られている。これらはすべて自己維持のための弾力性が備わっている事例である。弾力性、自己維持、自己回復のような語が、こうした事態を表すキータームである。外的、内的変化に対して、その変化に対応しうる自己内変数を備えており、代償的、補償的な変化を行いうること、その変化に対して条件を換えれば再度自己を出現させることができること、そうした変化に対して自己に変容が及んだとしても、破壊には至らず、むしろ自動的に修復できる仕組みを備えていることが、基本である。
 最近「レジリアンス」という語が、頻用されているのは「生態学」である。ある局所系が変容したさいの元の状態への復帰の速さで定義されており、群集の安定性を指標するパラメーターになっている。[7]この語は、国際的な第一級科学雑誌である『ネイチャー』誌の論文にも散見され、たとえばサンゴ礁が壊れていくさいの「維持力」や「修復力」の意味合いで用いられている。[3]このときサンゴ礁は部分的な破壊に対しては持ちこたえるが、ある限度を超えると局相が変わる。この変化が、「フェーズ・シフト」と呼ばれ、変化する点が「臨界点」である。一般的には相転移である。[11]このときフェーズ・シフトのモードが問われる。たとえば湖沼の汚濁は、汚濁物質のある濃度までは進まず、湖沼は透明度を保っている。ところがある濃度を越えると一挙に汚濁が進む。そして逆に湖沼の透明度を回復するためには、不透明さが一挙に増大した汚濁物質の濃度よりも、はるかに低濃度まで物質濃度を下げなければ、実現されないことが明らかになっている。つまり汚濁物質に対して、湖沼は二つの安定状態をもつ。汚濁物質にもかかわらず透明度を維持している安定状態と、一挙に不透明になった後の状態で、その結果、容易には不透明状態が解消されない安定状態の二つであり、フェーズ・シフトにおいては、この二つの状態の混合状態が出現していると言われている。こうした事態が「二重安定性」と呼ばれる。[2]

(図1)
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湖沼の汚濁変化プロセス(二重安定性)

精神病理の症状の発現においては、二番目の安定状態を慢性化した病状だと考えることができる。その手前に、症状のはっきりしない不定状態もしくは境界状態が存在することになる。フェーズ・シフトの事例が明らかにしているのは、たとえば湖沼の汚濁のプロセスと、回復のプロセスは、道筋が異なることである。つまり汚濁のプロセスを逆回しにするようにして、回復するというのではないのである。これは精神病理においては、症状化と治癒過程は可逆過程ではなく、症状を消していけば健常状態に戻るということはないことを意味する。新たな回路を作りだしていかなければ、元に戻ることができないのである。
 さらに内的、外的条件変化に対して、自己回復であるよりは、むしろ新たに自己再生してしまうような局面がある。これは動的非平衡システムの事例で、古くはシェリングが自然哲学のなかで展開した。固定した物体を考えるさいに、カントは物体が膨張して飛び散らないこと、また反対に凝縮して萎んでしまわないことを説明するために、物体に引力と斥力を設定し、相反する二つの力の均衡を剛体の必要条件として導いている。こうした構想を動力学(ダイナミクス)と言い、ギリシャではエンペドクレスが愛と争い(憎)の二元対立で世界を考察している。シェリングは、どのように安定した物体でも、世界がみずから変化していく可能性をもつ限り、本来不均衡状態にあるとした。ではこの場合、安定した物体はどのように説明されるのか。シェリングによれば、安定した物体でも非平衡状態にあり、いつ変化してもおかしくないが、かろうじて同一性を維持した状態であることになる。安定した状態は、見かけだけのもので、非平衡状態が同形に反復されて維持されているだけになる。このときシェリング自身は、非平衡状態を強調していたが、むしろこの説明では、同形的な反復という仕組みが重要である。それを後にシェリングは「有機構成」(オーガニゼーション)という語に託すことになった。
 非平衡状態を基本にして考えると、何かのきっかけで物体は変容する。だが変容しながら同形の反復的産出回路が出現すると、非平衡状態のまま再度、拮抗した定常状態となる。この構想の利点は、どのような外的、内的変異要因が生じようと、拮抗点がずれるだけで、再度新たな拮抗点において、非均衡状態の定常形が出現することである。しかもこれはひとときの定常形態であって、さらに変化しうる余地を残している。そのため病的慢性化や自己防衛的な固着とは異なったものである。こうしたシステムはなんらかのきっかけで変容するが、変容することはこのシステムの本性なのだから、特異なことが起きているわけではない。むしろつねに別様になりうる可能性を内在的に含むのだから、システムに生じる変容とは、新たな可能性の現実化の出現であり、別様の自己に吸収されていくものである。この場合、レジリアンスとは「新たな自己を形成していく可能性の回路」であることになる。こうして人間の精神、人間文化では、レジリアンスという語を新たに拡張していく広大な領域があることがわかる。

2 経験の可能性の拡張の条件

こうしたシステムのモデルを念頭に置きながら、レジリアンスの内実を詰めてみる。人間の経験のなかには、突如それまで聞こえていなかった奇妙な物音が聞こえてきたり、身体の感触が変わり、何もかも食味が辛く感じられたり、その延長上で自分の身体が腐っていると感じられるような変化が起こる。感覚質が、現在のような健常状態であることは、あらかじめ作り付けになって保証されていることではなく、毎日そうした健常状態を反復することで維持されているだけである。こうした感覚が、突如変化することは珍しいことではない。感覚は、感じるものと感じられるものの区別がない働きであり、音はすでに聞かれた音であり、明るさはすでに感じ取られた明るさである。音の素材を何かが受け取り、それを加工して音として聞くということはない。そのため感覚に変化が生じれば、何か「根本的なもの」が変わってしまったと感じられる。それは本人にとっては訂正しようがない変化である。
これに対して知覚では、知覚する側と知覚される側の分極が起こる。意識極と対象極に分離して、そこに隔たりがある。フッサールは、こうした意識極をノエシスと呼び、対象極をノエマと呼んだ。そのため物の見方を変えることもでき、また物の見え姿にはつねにそれは何かの見え姿であるという感触がともなう。つまり物の知覚は、見え姿とともに、同時に物そのものの感触をともなっている。ところが見え姿をどのように詳細に検討しても、物そのものに到達することはない。つまり知覚的な見え姿と、物そのものはつねにともなってはいるものの、次元を異にするようなギャップがある。ここに人物誤認(キャプグラ)が出現する可能性がある。経験はこのように変化の可能性につねに開かれ、それに曝されてしまっている。経験の境界の変動は、その変化が外から来たのか自分自身に由来するのかを判別することができない。にもかかわらずそうした変化は否応なく自分自身に出現してしまうのである。
 カントが経験の可能性の条件を解明したとき、認識の前提となる論理的必要条件の一覧を取り出している。これは心理学的には生得的なもので、論理的前提の本性から見て変わりようがない。個々の経験に対して、想定可能な経験という意味で、カントは「可能的経験」という事態を設定している。ありうべき経験というほどの内容である。ところがこの可能的経験は、同質的な変化のない経験の無限集合となっており、どのように経験の範囲を広げようと、同質的な経験が無限に積み上がるだけである。こうした探求の仕方では、感覚や知覚や感情に生じる変化の可能性を考察することができない。そこでカントの探求方法を変更して、「経験の可能性の拡張の条件」の探求を行うように設定を変える。
こうした変更のなかに、レジリアンスの内実が汲み取れるように探求の場面設定を変えるのである。経験に生じる変化に対して、耐性があること、経験そのものが十分な広がりをもっているために、少々の経験の変異に対しては、誤差内に収まるように経験に弾力性があること、経験そのものがつねに隙間を開くような仕組みになっており、みずからに降りかかる経験の変化に対して、なおそれにおのずと隙間を開くような自由度のある変数を獲得していること、別様の経験を実行でき、かつそこから帰ってくることができるという経験の深さと自在さを備えていること等が、そのさいの条件の内容である。これらの特質は、実のところ生産的なアーティストが備えている特質に多くの部分で重なっている。そのことにふさわしいアーティストを選びだして、次節でレジリアンスの病跡を試みる。
ここで一つ付帯条件としての注を付けておかなければならない。経験の変化の可能性の条件を意味として知ることは、誰にとっても容易である。経験は変化しうるという「未定条件」を付ければよいからである。意味として分かることは措定的意識を活用することであり、世界や人間を対象として捉えることである。そのとき未定条件を付けても、再度、経験はそのかたちで過度に安定している。経験の変化を意味として理解してしまえば、変容した経験の内実に届かせることなく、未定条件の付いた経験の範囲に配置をあたえて分かることができる。これでは経験の可能性の拡張は、あらかじめ封じられている。たとえば感覚の変容(体性感覚変容)に対して、安定化の方向で従前の状態を維持しようと患者本人が必死の努力を行うことがある。これを「自我の喪失を代替的自我の強化で対応しようとする自己治癒の筋違いの試み」と記述したとする。これでは既存の意味の枠内に配置をあたえる理解であり、現実には起きていないことを語ってしまうことになる。このさいには現に経験の可能性が拡張され、そうした場所に踏み込み、そこに寄り添うような経験の仕方が必要となる。たとえば花村誠一の言う「強度の共振」がそれに相当する。「経験の可能性の拡張」と、「経験の変化の意味」は、まったく別種の経験の回路である。実際、別様な経験へと進みうることと、別様な経験があることを知ることとは、まったく異なっている。

3 レジリアンスの病跡学

世界的なアーティストであるニューヨーク在住の荒川修作は、2010年5月中旬に神経性の筋委縮症で亡くなった。同年3月頃、FAXの文字が崩れ始め、5月の連休前には声が出にくくなっていた。この時期、私はニューヨークと連絡を取りながら、日本のどこかの病院でアラカワの治療ができないかと奔走していた。だがほどなく、呼吸困難となり、万事、窮してしまった。生前「死に抗する戦い」「死なないために」とスローガンを掲げて活動を続けていたアラカワだが、あっけなく死んでしまった。私は、アラカワと何度も一緒に講演会を行った。アラカワの人なつっこい仕草とは裏腹に、講演会の前には、アラカワは極度の緊張状態にあった。しかも回を重ねるごとに慣れて、緊張が緩和するということはなかった。講演会では、この緊張がほぐれるまで、私が話を続けることがしばしばあった。
アラカワの作品の基調は、「不可能性」にかかわっている。しかも不可能なものが、可能なものと地続きになっているように、不可能なものを設定する。つまり経験を拡張しなさいという指示を含めた作品になっているのである。図2は、これ自体で芸術作品である。作品に触れて新たな経験の回路に入ることができ、なおかつ観賞に耐えるほどの外見をもち、何度触れてもなお別様な経験をもたらすほどのものであれば、芸術作品の必要条件を満たしている。[1]
カントによれば、芸術家に固有の営みとは、構想力(想像力)が悟性の強制から解放されて、自由になり、その結果構想力が概念との一致を越え、おのずと悟性に対して豊かで、いまだ展開されていない素材をあたえることである。一般には、作ろうと思うものを明確に概念(たとえば建物や橋や塀)として手にし、この概念を構想力の表象を用いて感性化し、具体化する。つまり個々の建物や橋や塀を思い描く。しかしこれだけであれば、職人の行っていることと同じである。芸術家が行うのは、個々の具体化のなかに概念(悟性)に制約されないような新たな素材を導入していき、美的理念を新たに提示することである。しかもこの新たな理念の提示においても、既存の概念の感性化がおのずとなされているように、つまり所与の概念とおのずと整合的であるように制作することである。芸術的な才能は、本人の意識的な側面に基づくのではなく、むしろ主体的な天賦された自然性であることになる。ここに含まれているのは、自由な想像性(創造性)と悟性的な規則性をどのように折り合わせているかであり、その一面が想像的なものの自然性という事態である。カントの場合、理念を新たに形成すること、そしてそれがおのずと自然性をもつことが、芸術的な才能を決める。だがカントの言うような制作行為の枠としての説明ではなく、誰であれ参加することを余儀なくされる、現実のエクササイズとして、新たな理念へとみずからを形成していくプロセスの起こりうるような場所そのものを設定することはできる。それを作品としたのが、アラカワの作品である。
この作品は、「知覚する」ことを要求している。知覚は、感覚的直観なので直接そう見なさい、という指示である。少なくとも「AをBとして解釈しなさい」という指示ではない。とするとこの指示は、多くの人にとって当面不可能な課題を示している。だが場合によっては、そうした直観を実行できる人が出現するかもしれない。ルネッサンス期に遠近法が形成され、平面に奥行きを見る知覚が形成されたように、知覚は文化とともに形成される。だからこの課題を実行できるような人が登場する可能性はある。つまりこれは、別様な経験の範囲を生きることを課題とせよという指示なのである。作品の提示とともに、そこに経験の可能性の拡張をエクササイズとして盛り込むことが、アラカワの作品制作の基本になっている。

図2
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Perceive A as B

 こうした作品に直面したときには、この作品はどのような意味かという問いではなく、どういう経験をすれば、この作品に直面できているのかが主要な問いとなる。このとき少々の感覚の変容であれば、測定誤差内に入るような経験に向かうことになる。そこでは経験そのものがさらに形成されるために、当惑するような事態が生じる。そして身構えることなく、その場所に佇むのである。こうした経験を経てみれば、当人は周囲からどのように変人、変態、奇人、天才だと見られようと、精神疾患にはなりようのない経験の広さへと向けて、みずからの経験を組織化していることになる。
経験の可能性の拡張は、自分自身にとっての隙間を開くことでもある。あるいは経験の限界の一歩先だと言ってもよい。自己の自分自身にとっての隙間のない状態(狂気)を解除し、自分自身にとっての経験の作動の選択性を回復することである。経験の変容に対して自分自身を裁くこと(反省的自己縮小)に代えて、自分のなかに隙間を開き、みずから自身から出ていく回路をつねに備えるような事態を常態とする。(レジリアンス1)
 また触覚性の感度の拡張という課題がある。それも経験の可能性の拡張の回路であり、それじたいが一種の芸術表現となる。L.チョムピが診療室を柔らかくしたとき、触覚性の感覚の変化がおのずと進むような条件下で治療を行っている。触覚の空間は、同心円的空間(アリストテレス空間)であり、タマネギやキャベツが内部から外へと向かって大きくなるような同心円的な成長とともに出現する。これに対して身体運動性の空間(デカルト空間)は、位置と位置の関係から成る。五感を備えて運動するものは、実は成り立ちの異なる二つの空間を折り合わせるようにして生活するしかない。こうした事態は、3次元空間の一歩手前の生活空間の開示(現象学・解釈学)でもなければ、形式的なパラレル・ワールドの提起でもない。このとき触覚性感覚(嗅覚、味覚、体性感覚等)の変容は、言語や知覚の活用によっては対処できない。触覚性感覚は、原感覚とでも呼ぶべき感覚で、触覚性感覚の形成を再度促すことは、感覚そのものの形成の場所へと再度誘導することでもある。すなわちそれは、感覚変容に対して「構造的、システム的な可塑性」を確保することである。(レジリアンス2)
 ダンサーの大野一雄は、80歳を過ぎてから最高の身体表現を作りだしてきた。晩年は車椅子生活だったが、彼は車椅子に腰かけたまま右手だけで踊っていた。2010年6月1日、呼吸不全のため103歳で亡くなった。世界とのかかわりを視覚や知覚で形成するのではなく、触覚性感覚から形成していた。そこに新たな経験の層を見出していた。そうした経験の層は、感覚を新たに形成し直す場所でもある。そのため多くの名言を残している。[12]

 目がこうあるでしょう。そうするとあなたの魂が目を通してすうっと外側のほうに出かけていく。すると外側のほうから、何か鳥のようなものが飛んできて、魂の鳥のようなものが飛んでくる。そして魂のなかにすっと入ってきますか。そのために目が通りやすいようにしてありますか。目から鳥が入ってこようとしているときに、入ってこられるような目でやっていますか。いつも動作しながら、すっと入ってこられるように、すっとやらないとだめだ。魂の重要な出入があるようにさ。それによって自分の喜びが成立しているのか。どうなっているんだろう。鳥は出たり入ったりするときに、羽ばたいている。あなたの心が喜びに羽ばたいているんですか。(25P)

 魚が一匹入ってきた。魚が一匹入ってきたことによって、ぐらりと変わってきた。それだけの違いです。魚が入ってきたおかげで、関係が、死が生を照らしているように、生が死を照らしているように、生がいきいきと。さあ、そういうなかで自由にやってごらんなさい、内的に。(17P)

 こうした文章の意味は明確である。あるいは意味だけは明確である。だがどのような経験をすれば、ここで描かれたような経験をもちうるのかがわからないのである。擬人法や世界への自己投入というような用語で、こうした経験の意味を理解しようとしても、ここで示唆されている経験の傍らを通り過ぎるだけである。[13、14、15]その未明の場所が、経験の組織化の場所であり、経験の可能性の拡張の現場である。意味だけ分かる人を評論家という。その場合には経験ではなく、言語内の配置を求めているのである。
 触覚的に世界へとかかわるさいに、独特の体験的カテゴリーが生じる。それが境界の感覚である。[16]触覚は、世界に触れると同時に、触れているみずから自身を感じ取る。これによって内、外という感触が生じる。ここで出現する経験は、内的にも外的にも制御されず、本人自身にとっても何が起きているのかわからない領域である。にもかかわらず紛れもなく本人に起きる現実である。論理的には未定、未了、未完の経験を世界との接点で描こうとすると、既存のカテゴリーでは足りなくなる。たとえば「相即」という事態が生じる。固いアサファルトから芝生へ移動し、そこから土に移動するさいには、おのずと足の踏ん張り方を変えている。固さと弾力におのずと沿うように身体行為をつうじて適合してしまっている。この事態が相即である。あるいは水泳の選手が競技後にゆっくりと横泳ぎで流していることがある。横泳ぎは、身体の周りに水の流れを作りだし、それに身体を乗せていく泳ぎであり、水の流動性に対応している。これに対して自由形は、水を蹴りその反動を使って身体を前に進めている。このとき水の反発性に働きかけている。また平泳ぎは水の粘着性に働きかけている。身体の動きのモードをつうじて、水の固有性を見出し、それに身体の運動を沿わせているのである。これも相即である。このとき水の特性を知覚しようとすれば、身体の運動が消え、身体の運動を実行すれば水の特性についての知覚が消える。この事態をヴァイツゼッカーは、「回転扉の原理」だと呼んだ。これは環境特性についての知覚という場面で起こることである。ヴァイツゼッカーが語ったことは、現に環境と身体とともに相即しているものが、環境への知覚という限定された能力の場面で、知覚と運動が相互に他を隠蔽するという特殊事態を語ったものである。[17]
相即の深さには限りがない。この限りのない変数を経験のなかに獲得することで、心身に起こる変異に対して、対応自在さを獲得することができる。(レジリアンス3)ではたとえば眼前の植物に相即するとはどのようなことか。それは植物の気持ちに自己投射することではない。ましてや知覚された植物に視点移動することではない。また意識の制御によって到達されるような事態ではない。にもかかわらずどこかそうしたことの感触は感じ取れる。その感じ取られている場所が、経験の可能性の拡張の場面であり、かつそのまま一つの表現の場所である。これは植物への同化ではない。自分自身の身体に内在する植物性を喚起するようにみずから自身を植物へと沿わせてみる。そのことは経験を拡張するのでなければ、一つの技術に留まってしまう。そうした技法が削り取られて、おのずと植物にみずからが寄り添うような地点がある。それが相即である。

図3
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(環境と相即する大野一雄)

 ダンサーの土方巽は、ダンスや稽古の特異さばかりではなく、空前絶後の文章を編み出したことで歴史の特異点となっている。事実彼の文章は、模倣の効かない文章である。あるいは模倣というテクニカルな操作では、二番煎じにもならないどころか、ただ文章が崩れただけになってしまう。この意味で、土方の言語は、現時点では直接継承はできず、それ以降の展開可能性も見出せず、何にも解消されることなく、時として浮上して見え隠れする魔術のような伝説となっている。[6、10]
言語は本来、事象とは対応しない。徳、存在、空、世界、否定のような語は、対応する事象が決まらない。にもかかわらず語だけは存在するのである。それらの語に新たな内容や経験を盛り込むように、語の新たな使用法を開発するのが、哲学の伝統的な営みである。そのため真の哲学者は、体系的詩人、システム的詩人であり、そこからさらに新たな行為へと踏み出すさいには、実践的私人である。ところが土方巽は、語(概念)の内容を変更したのではない。むしろ語を身体動作の延長上にある動作の比喩として、言語を動作の類似物として活用しようとした。これは発話が一つの行為であるという言語行為論の問題ではない。それはむしろ世界や世界へのかかわりを動作から描くための言語の最も戦略的な活用法の一つである。言語のなかに含まれ、潜在化している動作的、体性感覚的要素を前景化するように言語表現を組み立てることができる。これは理解の言語ではなく、むしろ触覚性感覚を拡張する言語である。そこには事象を動作として描くこと、物の存在も物の動作であるように描くこと、世界へのかかわりもさまざまなモードの動作として捉えること、音とリズムによって動作と類比的に進行する文を作りだすことが含まれている。

確かに私にも、サイダーを飲んだりしてはしゃぎ躍ることもあった。しかしめりめり起こって飯を喰らう大人や、からだを道具にして骨身を削って働く人が多かったので、私は感情が哀れな陰影と化すような抽象的なところに棲みつくようになっていた。あんまり遠くへは行けないのだからという表情がそのなかに隠れていて、私に話しかけるような気配を感じさせるのだった。この隠れた様子は、一切の属性から離れた現実のような顔をしていたが、私自身も欠伸されているような状態に似ていたので、呼吸も次第に控えめにならざるをえなかった。私のからだは喋らなかったが、稚いものや羞じらいをもつものとは糸の切れているところに宿っている何かを、確かに感じ取っているらしい。からだは、いつも出て行くようにして、からだに帰ってきていた。額はいつも開かれていたが、何も目に入らないかのようになっていた。歩きながら躓き転ぶ寸前に、あっさり花になってしまうような、媒介のない手続きの欠けたからだにもなっていた。(7P)

 土方巽の身体表現から見た別系列の主作品である『病める舞姫』では、こうした文章が延々と続くのである。[4、5]それは一面騒々しく、過度に饒舌である。また乱雑さに近づくほどのスピード感とリズム感を備えている。ダンスの稽古場でも、自分で感じ取ったことを延々と何かの言葉に乗せて語りつづけていたようである。それは感じ取ったことを、自分自身にとっても理解可能なように言語化する記述言語ではない。すくなくともここには認識する欲望も、精密記述する欲望もない。一見ほぼ無関係と思えるほどのものにも、言語を当て続けて言葉を紡ぎ出し続けている。何かは語られてはいるが、ある身体表現の水準に来たとき、おのずと感じ取れて、しかもそれっきり隔たってしまうような一回性の言語がある。それは身体表現の系列とは異質の系列をなしており、それらはほどよい偶然に恵まれれば、交叉することもあるような言語表現である。そこで起きていることは、経験のリズム性と運動性を拡張することで、認識の狭隘さを距離化することである(レジリアンス4)。つまり経験を運動やリズム性から拡張していく、新たな言語表現行為なのである。このとき世界の基本要素は動作(行為要素)であり、動作の結果が主体である。動作から世界と経験を語る回路は、確かに、主体そのものの選択肢を拡張している。(レジリアンス5)
 かつて生前の大野一雄と土方巽が共作で舞台を作ったことが何度かある。二人ともまだ若く、相手のもっているものを相互に盗みながらの制作だったようである。ダンスなのだから音楽と身体の動きと舞台装置さえあればよい。本舞台までの仕込み稽古で、深夜まで練習を続けたようである。ところが2,3週間の仕込み稽古の途中で、どこかの段階でその時に感じ取っているものをすべて言語化してみる局面が必要であったと、大野一雄は述べている。相互に盗めるものはすでに盗んでおり、お互いに相手の表現は良く理解しており、舞台の作りについてもすでに合意ができている。それでもなお徹夜して、あらゆることを言語にして語ってみる局面を経ることが必要なようであった。この徹夜の語りを経ると、舞台の初日までもう大丈夫だという感触が生まれたそうである。言語を活用した経験の組織化の一例である。この組織化によって経験の形成に区切りをあたえることで、二人ともあたためてリスタートすることができたらしい。身体ならびに身体の運動にとって、言語は、疎遠で影のようなものである。だが彼らは、その影を経験の組織化のための最大の手掛かりとして活用しているのである。

結語

 経験の可能性の拡張は、見かけ上狂気にも近い状態を作る。だがそのなかにも疾病にはいたらない固有の仕組みが内在している。それをレジリアンスのモードとして取り出す作業を行った。それらは経験にとって、ある種の強靭さであり、それは同時に芸術制作の現場ともなりうるものである。そのためここでは、芸術的制作のなかにレジリアンスの仕組みを読み込むという病跡学の手法を採用したのである。

文献
1)
Arakawa, S., Gins, M. Reversible Destiny We have decided not to die, 1997, New York, Guggenheim Museum
2) 雨宮隆「複雑性の科学が捉えた生態環境問題――予測と解決への展望」『科学』76(2006)1047-1052.
3)Bellwood, D. R. et al, “Confronting the coral reef crisis”, Nature, 429, 827-833.
4)土方巽『病める舞姫』(白水社、1992年)7頁
5)土方巽『全集I,II』(河出書房新社、1998年)
6)稲田奈緒美『土方巽 絶後の身体』(NHK出版、2008年)
7) 岩佐庸他編『生態学事典』(共立出版、2003)132頁左列
8)加藤敏、八木剛平『レジリアンス 現代精神医学の新しいパラダイム』(金原出版株式会社、2009年)、
9)小林聡幸『行為と幻覚』(金原出版株式会社、2011年)
10)三上賀代『器としての身体』(ANZ堂、1993年)
11)日本サンゴ礁学会編『サンゴ礁学』(東海大学出版会、2011)
12)大野一雄『稽古の言葉』(フィルムアート社、1997年)25頁、17頁。
13) 大野一雄他『大野一雄』(青樹社、1997年)
14) 大野一雄舞踏研究所『大野一雄 百年の舞踏』(フィルムアート社、2007年)
15)大野慶人、大野一雄舞踏研究所『大野一雄 魂の糧』(フィルムアート社、1999年)、
16)十川幸司 『来るべき精神分析のプログラム』(講談社、2008年)
17)ヴァイツゼッカー『ゲシュタルトクライス』(木村敏、浜中淑彦訳、みすず書房、1984年)

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